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『塔』2021年4月号(4)

⑰中森舞『Eclectic』書評 百鬼夜行のようなキッチン鍋が鳴き夜型人間いんげん茹でます 中森舞:東直子〈「キッチン」「人間」「いんげん」と明るく韻を踏み、さながらラップのようである。〉音韻に注目した評。ラップっぽいし、和歌っぽい。意味の負荷を軽くした歌の心地良さ。

三つ折りの跡のつきたる新札が出てくる睦月のATMに 寺田慧子 思わず、可愛い!と思ってしまった。一月の三つ折りの新札はお年玉。大切なお年玉を貯金した子供のお札が、巡り巡って作者のATMにやって来た。取り出した時のほのぼの感を共有できる。

⑲「実は読んでいなかった」わが頭蓋の罅を流るる水がありすでに湖底に寝て久しき 齋藤史:小澤婦貴子〈齋藤史は象徴的技法をこの歌集によって獲得した〉『魚歌』の特徴を簡潔に言い表している。挙げられた歌は初読ではないのだが、初句二句はこんな表現だったんだ、と再確認した。

何かあれば私がなんとかするという我は長女という病なり 大和田ももこ あーそれ!と絶叫しそうになった。この病は死ぬまで治らない。私の場合親子関係よりきょうだい関係の方が、確実に性格形成に影響してる。あと日本社会の、女が何とかしろ的空気。長女病であって長男病じゃない。

育てられ育てそれから別れゆく歳月はただそれだけのこと 津田雅子 とても簡単に人の一生をまとめている。本当にそれだけのこと、だ。しかしその中の小さな出来事に、みんな必死で取り組んで、苦しんだり喜んだりしているのだ。

㉒よく冷えた唾液を舌で泡立ててわたしはがまんできるいきもの 田村穂隆 唾液が口の中に溜る。冷えた心のような唾液。しばらく「舌で泡立てて」後、ごくりと呑み込んで何かを堪えている。読者の口中に同じ感覚が起こる。人間でなく「いきもの」。限界に近い我慢をしているのだろう。

2021.5.17.~19.Twitterより編集再掲