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『塔』2021年4月号(1)

決意せし息子の背に思ひ出す幼稚園バス、バレーボールの試合 小林信也 「背」は「せな」だろう。一連の他の歌から息子が三十歳で重大な決意をしたことが分かる。その息子の背を見て幼稚園や中高生の日々が蘇る。とても長い時間が経った気もするし、あっという間だった気もするのだ。

白鳥は風切り羽(ばね)を切られたり翔ぶことできぬ人間たちに 前田康子 とても残酷な歌。飛ぶことにおいて、劣った立場である人間が、優った立場である白鳥のその優った部分を、違う力を発揮して、奪う。暴力と呼べばいいのか。実景だろうが、強い象徴性を帯びている。

優秀な、まじめな、優しい、出世から外れた、疲れてた人の不祥事 丸山恵子 最初の3つは褒めてるのかと思ったら、どれも「ーだけじゃだめ」と言われる種類の、競争社会に生き残れない人の美点だった。それらを合わせ持ち、敗けて、疲れて、不祥事を働いてしまう不幸。鋭い視点の歌。

狂うときひとは等しく背を曲げて湯船に沈む真似をはじめる 豊冨瑞歩 狂う人を何人も見たのか?今目の前で沈む真似を始めた人がいるのかも知れない。「真似」という言い切り。沈む気なんか無いのに。主体も「等しく」そんな真似をしたことがあるのだろう。狂う気持ちが分かるのだ。

感情は殖えゆくばかり甘やかなこの脳みそを菌床として 田村穂隆 脳みそから、菌や茸のように感情が殖えて育ってゆく。生殖を思い起こさせるからか、「殖」の字が生々しい。脳みそが、甘く爛れていくような陶酔感がある。感じてはいけない感情も、混じっているのかも知れない。

生きられる いや生きられぬ 誰(た)が決めるあまたの雀めいめいに鳴く 宗形光 生きる以外何も思っていない雀の鳴き声。子供の命が続くかを悩むから、それがそれぞれ違う鳴き声に聞こえるのだろう。とても衝撃を受けた一連。本当は30首では収まり切らない内容だと思う。

2021.5.10.~12.Twitterより編集再掲