「ぴえん」炎上商標はホントに登録される? ~恐れる必要はない2つの理由~

『ぴえん』の商標出願が物議をかもしています。2020年10月29日にアパレル会社が申請した商標登録出願が、11月17日に特許庁のデータベースで公開され、商標速報botさんで紹介されたことが、話題の起爆剤になったようです。

商標と炎上に関しては、個人的にも非常に興味があり、今年10月に稲穂健市先生にオンラインでインタビューし、商標炎上の仕組みや対処法をまとめてToreru Mediaの記事として11月17日に公開したばかりでした。

『ぴえん』の出願のことは意識せずに書いた記事でしたが、「どうして炎上するの?」、「炎上をどうすれば防げるの?」という部分とは完全にマッチしており、商標の炎上って普遍的な話なんだな~と、再認識しています。(稲穂先生にもOK頂き、この記事の冒頭に『ぴえん』のことも追記しています)


商標炎上の王道は、「共有財産(と思われている)モノを、それ、お前のものじゃねーだろという人が出願してきて、バッシングを浴びる」という流れで、『ぴえん』は正にそのパターンです。

炎上自体のメカニズムや回避法は上の記事を見て頂けば良いとして、今回の記事では、「『ぴえん』はこの後、登録されるの?」、「もし商標登録されたら本当に使えなくなるの?」という2つの疑問に答えていこうと思います。


1、『ぴえん』出願って登録されるの?

結論を言うと、特許庁により9割以上の確率で、出願は拒絶されるでしょう。

2018年に「北見工業大学生活協同組合」が『そだねー』を商標登録出願しているのですが、登録を認めるかどうか審査を行う特許庁より、以下のような拒絶理由通知書が出されています。

『そだねー』は広く使用されている流行語であり、指定商品に利用しても、需要者は宣伝・広告的な意図を含んだ語であると理解し、何人かの業務に係る商品表示であると認識し得ない(商標法3条1項第6号違反)
※ 筆者による要約。

2013年に流行した『じぇじぇじぇ』は、岩手のお菓子屋さんが商標登録しているのですが、その時には上記の、3条1項6号に基づく拒絶理由通知書は出ませんでした。

商標法:3条1項第6号
前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標

商標法3条1~6号は「商標登録を受けられない商標」を列挙しているのですが、6号は1~5号であらかじめ具体化できなかった拒絶理由をバスケット条項的に拾い上げようとする条項です。

昔は流行語の商標登録を認めてもそれほど社会への悪影響・悪感情はなかったが、SNSやECビジネスの台頭もあり、状況が変わってきている。

そこで特許庁が時代の空気も読み、6号という便利な規定を活用し、流行語の登録を認めない方向に審査をシフトさせたのかな・・と推測しています。

この状況から考えると、今回の『ぴえん』も同様の拒絶理由が出されるでしょう。そして、出願人が「『ぴえん』は、自己の業務に係る商品(被服など)だと、一般ユーザーが認識するに至っています!」と特許庁を説得するのは極めて難しく、そのまま拒絶されると考えます。(もちろん、自主的に出願が取り下げられる可能性もあります)

https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/trademark/kijun/document/index/10_3-1-6.pdf (商標法3条1項6号 審査基準 特許庁HPより)


2、『ぴえん』が商標登録されたらみんな使えなくなる?

とはいえ、審査をクリアして商標登録される可能性はゼロではありません。登録を認めるという審査結果に納得がいかない場合、「商標登録異議の申立て」という手続もあるのですが、今回は潰す方法はおいておいて、登録されたときにどの程度の影響があるかを考えてみます。

<商標登録のざっくり効果>
① 同一の商標、指定商品・役務(サービス)に対し、他人の「商標的な」使用を禁止できる
② 類似の商標、指定商品・サービスに対しても、他人の「商標的な」使用を禁止できる

この効果から導くと、一般の人による『ぴえん』絵文字の使用は商標権侵害にならない、という結論になるのですが、2つの理由を見ていきましょう。

① 同一の「指定商品」に対する使用ではない

 今回、話題になっている商標登録出願による指定商品は、「18類 かばん類、25類 被服」などです。『ぴえん』の絵文字はテキストメッセージで送られることが多いでしょうが、指定商品について使用するものではありません。

よく記事で「〇〇はA社の登録商標です」と書いてあるのを見かけることがありますが、記事などの文中で商標のワードを用いることは権利侵害にはあたらず、あくまで「権利者への配慮」として登録者名を記載しているだけです。

万一『ぴえん』が商標登録されても日常での使用に影響があることはないでしょう。


② 『ぴえん』絵文字の使用は「商標的な使用」ではない

一般的な使用には影響はないとしても、『ぴえん』の絵文字をTシャツに印刷して売りたい方がいるかもしれません。

他人の登録商標に類似したイラストを、シャツの中央部に大きくプリントして販売していた業者が訴えられた「ポパイアンダーシャツ事件」という裁判例があるのですが、この事件で裁判所は以下のように判示しています。

「登録商標の機能と関わり合いがない使用態様のものは、特別の事情がない限り、登録商標の正当な権利行使、すなわち、出所表示、広告、品質保証等の本来の商標の経済的機能の発揮に不当な影響を及ぼすことはない」

→被告が製造・販売しているシャツのプリントは、その装飾的・意匠的効果から顧客の購入意欲を喚起する目的で表示されており、一般顧客もそのプリントを商品の製造元や出所の目印と判断するとはいえない。よって商標権侵害が成立しない。
 
ポパイアンダーシャツ事件(大阪地裁昭和51年2月24日判決)

ここで、「装飾的な効果」があるからといって、必ず商標権侵害が否定されるものではありません。『ルイ・ヴィトン事件』では、「L」と「V」を図案とした著名なマークをかばんの表面全体に印刷していた被告に対し、裁判所は「装飾的な効果」も「商標の自他商品識別機能」も両方発揮されるから、商標的な使用にあたるとして、侵害が成立すると判断しました。

ただ、今回のケースでは、第三者が『ぴえん』のイラストを印刷したTシャツを販売したところで、一般ユーザーが商標出願人であるアパレル企業の製造元・出所を表すものと認識するとは考えにくいです。

今後、『ぴえん』シャツといえばこのアパレルメーカー製!という認識が生まれれば別なのですが、現状では『商標的使用論』からも、侵害は否定されるでしょう。

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万一実際に登録されてしまえば、「使用に対する萎縮効果」は発生してしまうでしょうが、落ち着いて法律的に考えれば、今回のケースは恐れるものではないことが分かります。


3、「商標の出願」で社会から拒絶されないために

結局のところ、知財のプロの視点からは、「どうせ拒絶されるだろうし、万一登録されても普通に顔文字を使う分には侵害になることはないよね。」、そんなに騒ぐことないんじゃない?、炎上させずに1回落ち着こうよ・・・という話になります。

ただ、Yahoo!ニュースでは批判的なコメントが1000件以上、Twitterで『ぴえん』出願が1300回以上リツイートされていることを見ると、「『ぴえん』が限定的であっても、誰かに独占される」ことの気持ち悪さをみんなが感じているのでしょう。

今回のような流行語出願に対する『炎上』は、登録されてみんなが困る、ということより、「独占に対する不快感」の表明なのだと思います。法律論とは違うところに動機があるから、法律論を語っても残念ながら解消しない。

この「社会感情への配慮」は、実は商標分野では見逃してはいけない大切なポイントです。なぜなら、商標は使用によって「信用」を蓄積していくものであり、社会に「気持ち悪さ」という拒否感情を浴びながら登録された商標が、成功するとは思えない。「不信」を蓄積してどうするんだと。

炎上マーケティングなんて言葉はありますが、商標は永続的に更新していくことができるものであり、中長期的には悪名は自分の首を絞めるばかり。一時的に話題になるために炎上するぐらいなら、別に出願せずにビジネスすれば良いでしょう。

結局、商標の炎上は、「法律的には出願してもOKなのだから、自分たちの商売の安全を守るために出願しても問題ない」という出願人の認識の『粗さ』が引き起こすのかなと。

過剰なバッシングはもちろんダメですが、出願人側も「その商標、俺が独占しても良い?みんなにどう見える?」と立ち止まって考え、共有財産で楽しんでいる人々の「感情」にも配慮すべき時代なのでしょう。

商標と社会の関係、やはり奥が深いです。


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