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知財未経験者が特許事務所で働くには【IPTech特許業務法人 佐竹さん・特許業務法人IPX 奥村さん】【キャリア座談会】

知財塾では知財実務を一から学べるゼミを運営していますが、「未経験者でも特許事務所でいきなり働けるのか」という質問を時々いただきます。
未経験者の知財業界への転職は、転職エージェントを活用したり、事務所に直接コンタクトしたりと色々な選択肢がありますが、なかなか特許事務所の立場での声は公開されていません。

そこで今回は、実際に特許事務所で採用、教育をマネジメントされている奥村弁理士、佐竹弁理士をお招きして座談会を行いました。ご参考になれば幸いです。

この記事は、2022年05月29日に動画配信した内容を元に作成しています。動画版はこちら
※ なお座談会の発言内容は、参加者それぞれの見解となります。

オープニング


上池(以後・上):今回は特許事務所未経験向けトレーニングというテーマで、知財塾のファシリテーターも務めていただいたことのあるIPTech特許業務法人の佐竹さんと特許業務法人IPXの奥村さんのおふたりとお話していきたいと思います。それでは簡単に自己紹介をお願いします。

佐竹(以後・佐):弁理士で、IPTech特許業務法人のCSO兼特許技術本部本部長をやっています。主にIPTech特許業務法人では特許業務全般を見ていて、未経験者と経験者両方のメンバートレーニングもやっています。今回は未経験者向けの話をしていければなと思います。

奥村(以後・奥):特許業務法人IPXの代表弁理士COO/CTOの奥村です。私は特許出願系の責任者ではあるのですが、未経験者の指導もしています。他にマネジメントや所内のシステム開発などもやっているのですが、今回は教育のことについて話せればと思います。

特許事務所の給与構造


上:特許事務所の給料はどうやって決まるのかについてお話を聞いていきたいと思います。

奥:一般的な話をします。特許事務所で給料をもらうにはそもそもその特許事務所がお金を稼いでいないといけません。特許事務所が稼いだお金の一部が従業員に還元されます。特許事務所の場合は自分の労働が直接売上に貢献するような労働集約型のビジネスモデルを採用しています。だからあなたがしっかりと稼ぐことができればそれは給料に還元されます。業界一般的には稼いだ売上の1/3くらいが自分の手元に入ります。2/3は事務員さんや、事務所の営業費用、オフィスの家賃などいろいろなものに充てられます。いずれにしても、あなたの売上に比例して給料に還元されるというのが一般的だと思います。

上:事務所としての売上はどのくらい上げていれば運営できるのか、つまりどの程度売上があれば一人前の特許技術者、弁理士なのか、そのあたりの水準についていかがでしょうか。

佐:一人前というと、安定してある程度の品質である程度の量を提供できることはもちろん必要で、売上ベースで言うと年間2000万円程度がひとつの目安になるかなと思ってます。売上というのは顧客に支払っていただいた対価なのですが、当然価値を感じて支払っていただいているということになるので、その総量が年間で2000万円くらいあれば一人前かなと。月次で行くと165~170万くらいの売上水準ですね。

奥:2000万ってすごく良い目安だと思います。発明のヒアリングから明細書を作成して最終的に中間応答して特許査定に至るまでこういうのを多少チェックが入ったとしてもひとりで回せるようになっていて売上2000万円立っていれば、とりあえずの目標である一人前までは達成してるかなと思います。

未経験が一人前になるまで


上:売上2000万円が一人前の目安ということでしたが、事務所側としてはトレーニング期間はどのくらいだと考えられていますか?

佐:昔だと3年や5年というのはあったのかと思います。今もそういうことはあるかもしれませんが、2年から3年程度で一人前という水準になるのを見込んではいます。

奥:ひたすら明細書を書けみたいな時代はあったかもしれないけど今は指導のメソッドのレベルが上がっていると思うので私は2年で一人前になれというのを念頭に置いて指導をしてます。5年も6年も教わるなと。

上:未経験者の成長に投資する事務所からすると、損益分岐点というのはだいたい2,3年になりますか?

佐:最初は先行投資ということで2〜3年で一人前になってもらうであろうという気持ちでやっているので、初期は誰かが売上を立てられる時間を削ってチェックをする割合がかなり高くなります。なので投資回収というと2年よりは長くなると思います。

奥:そうですね。回収は2年ではできないですね。だから長くいてほしい(笑) 2年でスキルが身についたから次の事務所に転職しようということになると、所長さんがかわいそう。よくある話なんですけどね。

上:突っ込んだ質問をします。例えば転職エージェントを使って採用が決まると、年収の30%を支払うという契約になっているわけじゃないですか。そうしたら当然年収以外のコストも発生して、さらなる投資費用が発生しますよね。そういうときのやりにくさや投資への抵抗についてどうお考えですか。

佐:転職エージェントを通しての採用にコストメリットがあるかということですよね。例えばすごくできる人が見つかってその人を採用すると、3割エージェントに支払ったとしても、投資回収の期間が未経験者に比べて相対的に短くなるんですよね。なので採用の可能性は一般論としては高くなります。一方で未経験者の場合は投資の回収の期間が長くなってしまうので採用に対してのハードルが上がる方向には行ってしまいます。

奥:経営者視点では、未経験者でかつエージェント料を支払うのはだいぶ高いなあというのは頭を悩ませますね。だったら直接応募してくれた方がエージェントを通すよりも少し高く年収の設定ができるかもしれないし、当然投資回収の年月も短くなるし。未経験者の方はこの事務所面白そうだなと思ったら直接応募してくれた方がいいかなとは私は思います。エージェントさんも仕事があるのであまりこういうことを言われたくないかもしれないのですが(笑)

(上池注)本座談会は事務所経営の立場でのエージェントへの感想を述べていますが、はじめての知財業界への転職者の方ではエージェントに相談するメリットがいろいろとあると思います。是非色々と選択肢を検討されることをお勧めします!

SNSの活用


奥:未経験者からしたらエージェントに気軽に相談できるというところがメリットなのかなと思うのですが、その相談をSNSでするという方法もあるので、そういうのを使って直接応募と言いうのが新しいスタイルかなと思います。

佐:おっしゃる通りで、Twitterが出てきたあたりから、結構特許事務所経営者や弁護士や知財部の方の情報が入ってくる時代になったんですよね。特許事務所の経営者と繋がったり、考え方を知る機会も増えたのかなと。今の時代であれば直接話すというのがやりやすくなったし、日ごろから情報発信しているような特許事務所経営者であれば対話は可能かなと思います。

上:Twitterでも気軽にコメントしてくださいと言ってくださっている方もいらっしゃいますよね。そういうのをうまく活用していくと、未経験者でも業界の話や事務所特有の話とか聞けるんじゃないかなと思います。

未経験者のトレーニング


上:では続いて、どういう考え方で未経験者をトレーニングしているかとか教育をしていく中でどういうところでよく躓くかなど、ご経験からお話伺えればと思います。

奥:未経験者が躓くというよりよくある旧来型の指導で良く発生したことなんですけど、明細書を書けることがひとつの目標ではあると思うのですが、メンターが付いてそのメンターの明細書をまねろという話はよくあると思うんです。それ自体は否定しないのですが、メンターが書いた明細書をパッと見せられてもどこが重要なのかとか、どういうプロセスでこの文章になったのかが見えてこないとなかなか伸びないですよね。最初のうちは多少投資にはなるんですけど、一個一個教えて行かないと未経験者の場合はいろんなところで躓いてしまう。指導する側はアウトプットだけ渡しても伝わらないというのはすごく思いますね。

佐:私も2000年代に業界に入ったので、できあがったものをリーダーにチェックしてもらうというパターンでした。今の私の考え方だと、特許事務所を運営していくうえで組織を大きく作っていくという考え方からそもそも始まっているので、明細書の作り方が再現性のない独自のフィーリングでは意味がなくて、なるべく客観的な基準を可視化してその考え方に沿ってあるいはその考え方が強いられるようなフォーマットを整備していき、フレームワークを知りつつ成果物をつくっていくというふうにやっています。最近では成果物をチェックするというのはよくあるパターンだと思うのですが、その前の段階のプロセスのところも見るようにしています。たとえば中間応答の時のコメントはお客様に見せるものなので、多くの場合担当者がどう考えているのかというプロセスを経て作られるものでプロセスが見えないことがあるのですが、そのプロセスをきちんと言語化していくとどんな考え方をしていたのかが見つかる。これが今のトレーニングの考え方になります。特に未経験者の場合だと人によって培っている知見の水準がまちまちだったり、得意分野も違ったりするので、本当にこれは人それぞれだなあという感想を持っています。なので力量を見極めたうえでロードマップを敷くということをやっていて、たとえば「まずクレーム1を作りましょう」となったときも考え方を分解していくということをやっています。

奥:ほぼ同じようなことをやっています。大雑把に言うと、密なコミュニケーションをプロセス単位でとっていくっていうのが重要かなと思います。

佐:まさにそういうことです。

上:未経験者側も、過程を見てもらってどういう考えなのかコミュニケーションとれるほうが安心ですよね。

奥:未経験者もプロセスが分かれば絶対できるようになるんですよね。遠回りをするから時間がかかっているだけで、指導者側もしっかりカリキュラムを組んで教えていけば未経験者も絶対すぐ立ち上がるんだろうなと思ってますし、実際肌感としてしっかりメソッドを組んだ指導をしていけばかなり一人前になるのが早いなと思っています。早い人で1年くらいで結構できるなという場合も多いですね。

特許事務所に応募する際の観点


上:未経験者が特許事務所に応募するときに気にした方が良いこととか、とるべきアクションについて教えてください。

佐:トレーニングする側がどういう考えを持っているのかが可視化されているかというのが非常に重要なので、たとえば面接の場などでトレーニングについてどう考えているかということを聞くっていうのは一ついい質問になると思います。どういう仕組みを持っていてどういう考え方でやっているのか。それが「OJTです」の一言で終わるんだったら、システムは無いなっていう話になるので、そこはまず質問していくといいかなと思います。

奥:あとは私はもうひとつ、事務所のカルチャーも重要だなと思うんです。そこが合わないとどうしてもつらくなってくるというのがあるので、情報発信を積極的にしているような事務所であれば、そういうところから事務所の雰囲気などの情報を得たうえで、ここは合いそうだなというところに応募するのはひとつの手かなと思います。

佐:だからこそ、事務所側も「こういう事務所ですよ」とTwitterのスペースで配信するとか、当所でいうとYouTubeで配信しているんですけど。そういうところを見て、あとは事務所へ直接応募するという。

奥:本日2回目の(笑)

上:少なくともこれを見ている方はネットから情報を収集されている方だと思うので、それ以外の媒体でも情報収集していくと自分に合った事務所とうまくマッチングできるのかなと。

奥:事務所とのマッチングと教育のほぼその2点かなと思います。報酬とかは二の次でいいと思います。未経験の場合は最初にいかにスキルをつけるというところなのでスキルが付いて続けることができそうだなというところを選ぶというのが一番重要かと思います。

弁理士資格を取るタイミング


上:未経験者は特許事務所に入る前に弁理士資格を取った方が良いのか、資格をとる前に特許事務所に飛び込んできて良いのか、お話伺えればと思います。

奥:難しい話で、どっちが正解かいまだにびしっと言えないんですけど、私の場合は未経験で資格なしから始めて、働きながら資格を取ってというパターンでした。一長一短あると思うのですが、働きながらであれば仕事が直接弁理士試験の勉強に関連してくるので勉強しやすいというところはあると思います。でも仕事も弁理士試験も両立しなければいけないのはそれなりに大変です。一方で先に資格を取った状態で特許事務所に入ると法律というところのボラティリティがない状態でスタートするのでのでそこはプラスに働くと思います。本当にどっちがいいかというのはなかなか難しいところです。でも当然有資格者であればその分は評価して採用しますし、資格がなかったとしても他の部分で能力が高いなとか、技術的な知見は高いなと評価して無資格であっても採用は全然あり得ると思います。

佐:資格あるかどうかというのはもちろん法律論について知識があるかどうかというので事務所経営者目線でいうとトレーニングが必要かどうかの不確実性がかなり減り、採用でプラスに働くし、収入面でもプラスに働く可能性は高いと思います。あとは法律系の業務は特に法律という制約の下でいかに創造力を発揮するかみたいなところがやっぱりあるので、資格があって法律論を知っているということはこの分野でのポテンシャルがかなり期待できるということでプラスに働くことはあると思います。とはいえそこに正解はなくて、未経験者で法律の勉強もしたことないですみたいな方ももちろん採用経験はあるので人それぞれでトレーニングメニューが変わってくるなというところですね。

応募前に実務を知っておくメリット


上:ちなみに知財塾の宣伝的な質問になるんですけど、実務未経験かつ弁理士資格もないけど知財塾を受講した経験があって、模擬的に明細書を5本書いたことがありますという方がもし応募されて来た時、どれくらいプラスに働くのかなどイメージありますか?

佐:知財塾である程度実務に頻繁に直面する成果物をつくるという経験をしてきたうえで応募してきたという状況なので、業務のミスマッチ感はだいぶ減って不確実さが減る方向になると思います。興味を持って応募してきてくれたのかなという第一印象になるので、採用にはプラスに働くんじゃないかなと思います。

奥:私も全く同じ意見で、プラスに働くとは思います。ただその5本でこの人は明細書が書けるんだなという話にはならないですけど。入ってみてから特許事務所の業務が合わなかったという話はよく聞くので、明細書を書くことをやってみてから応募してきたということは自分にその適正があると思って応募してきたんだなというひとつの参考値値にはなってそこを買うというのは経営者としてあると思います。

未経験者を採用する意義


上:経営者目線から、未経験者を採用することに対してどういった考えを持たれていますか。

奥:業界として新しい人が入ってくるというのは非常に重要。古い人ばかりで集まっていると業界はどんどん縮小してしまうので、外から新しい人を入れるっていうのは当然重要で、業界貢献という意味でひとつ経営者としては使命じゃないかなと思っています。それと未経験から入ってくると、本当に自分のカルチャーを100伝えるというようなイメージなので未経験者というのは指導しがいがあるなと思います。

佐:私も奥村さんと同じようなことを考えています。あとは、世の中的にまだ満たされていないニーズを満たすために必要なスキルがちょっと違うものも求められているんですよね。プロの知財担当者向けの説明をそしてもお客さんがわからないとなりそれは非常に良くないので説明するスキルが必要だということがあります。そういうところでまだ満たされていないニーズに関しては未経験で入ってきた方とやる方が良くて、それでも廃れない必要なスキルは法律論なんですけど、それ以外のスキルがニーズによって違ったりしてきます。

奥:これからのニーズを考えると、こういう業界で働いていた人のこのスキルが一番活かせるとかが絶対にあるんですよね。そういうひとが知財業界に入って新しいニーズに対応していくという流れを作っていくと、業界も活性化していいなと感じますね。

上:知財業界が今後も進化、変化していくためにも未経験者の方が入ってくることが大事というおふたりの熱いお話が聞けたのではと思います。ありがとうございました。


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