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お金が「寄ってくる」

世の中が不景気、物価高・・・
他人のせいのようにこれを考えてたら、いつまで経っても何も変わらない・・どころか事態は悪化の一方だろう。

自分も、その不景気を生むことに関わる一人なんだという自覚がないと、変わっていかない。

「持つことにしたモノには、すべからく愛情を」を心がけるようになって、生活は間違いなく豊かになった。自分の生活が変わるほど、自分にとって説得力のあることはない。

自分の家にあるものを、何の危機感もなく放っておくんじゃなくて、どんな小さな物でも、使い道を一生懸命考えるのは、頭使うし大変なこと。
人から、「何もそこまでしなくても」とか「そんな真剣になること?」と笑われたこともあるが、私からしたら、多くの人間がそんな意識だから、ものがどんどん値上がりしている原因の大きな一つになっているんだと思う。

値上がりは辛いけど、それを怒り嘆いたりするだけじゃなく、自分が買ったもののロスを少なくして、有効率を上げることを実行しているか。

その意識が希薄だと、安くなればなったで、「安かったし、いいか〜」と簡単に無駄にするものを多くするだけだ。

お金を払って買ったものは、ちゃんと使わなければ、「幸せ」には変換されない。

それに、ただ安いものばかり必死に追い求めるのは、他人に払う分を必死に少なくしようとする、慎ましいの真逆だ。

がばいばあちゃんに、「ケチは最低!節約は天才!」という言葉があったけど、すごくわかる。大切に使う意識と行動の地味な積み重ねが、一番大切だと思う。

既に持ってるもの・新しく持つものを、きちんとしっかり使う心がけで、その物の価値を高め、結果、買い物を安上げるという意識の人が沢山増えれば、底の方から景気は良くなる。

「ただただ出費をしぶり、嫌々お金を払うことを続けていると、脳は『お金を自分でコントロールできないもの』と認識し、『お金は面倒な物だから遠ざけよう』という潜在意識となって、自分からどんどん金は遠ざかる」という内容の文章を見かけた。

とてもわかる気がする。

「欲しいから」ではなく、「安いから」で「なんとなく」このぐらいならいいだろう、他にも買ってる人がいるからいいだろうと、全く基準にもならない基準で、出費しては、安かったから別にいいかと腐らせたり、ろくに使いもしないで大切にしないことを繰り返していると、間違いなく「貧しく」なる。
周りに合わせて「普通」にしているつもりが、「なんで自分だけ?」ということになる。

うちにある物なんか、ろくなものじゃないガラクタばかりで〜
ろくな物、食べてないんで〜
ろくな服持ってないし〜

…「自分の範囲」に入ったものの価値を、どんどん自分でこうして下げていく。
そして、それは他者が自分を搾取するからだ、と他者依存な意識になる。
このまま年老いると、「物盗られ妄想」にも繋がっていく可能性がある。

うちの学校なんか、ろくなとこない
うちの会社なんか、ろくなもんじゃない
うちの地域なんか、なんもないよ〜

いいよね、あの人は〜、あそこは〜

自分にもあれがあれば、あれさえ手に入れればと、他を羨み、外から手に入れることには必死だが、自分の範囲になった途端、無価値にしていく恐ろしい侵略者。。

私も前はそうだった。それが「謙遜」だと、とんでもない勘違いをしていた。

しかし、子どもが生まれてから、これが、
「うちの子なんか、ろくなもんじゃないし〜」という言葉になるのだけは、絶対に嫌だと思った。

お金は使えばなくなるのでなく、「自分の幸せに変換する」ものだという意識をしっかり持てば、「お金は自分でコントロールできるもの」という主体性が生まれるから、お金は確かに「寄ってくる」という実感がある!

持つと判断したものを、「最後まで大切に使い切る」意識と行動を、これからも些細なことから続けていこうと改めて強く思った。これが、自分の人生を最後まで大切に使い切ることそのものだから。

「何もそこまでしなくても」と人から笑われるくらいで丁度いい。
「今の普通」に合わせてたら、そこから何も変わらず抜け出せない。

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