見出し画像

【掌編小説】あなたと私とホワイトスノーマンラテ⑦ -田所side-

こちら、続編になります。
お時間があるかたは是非、前のお話からどうぞ ↓
あなたと私とホワイトスノーマンラテ⑥

初めての方はこちらからどうぞ ↓
あなたと私とホワイトスノーマンラテ①

*  -  *  -  *  -  *  - 

「お疲れさまでしたー。お先ですっ」

いつもなら閉店後、ダラダラとキッチンの締め作業を行い、だらだらと店に残ってメニューにないドリンクを作る。それが遅番シフトの田所の日常だ。しかし今日は違った。閉店間際から効率よく片付けを始め、閉店後、いつもの田所からは考えられない速さで締め作業を終えて颯爽と店を出ていった。事情を知る一部の同僚はその様子をにやにやと眺めていた。

いつもは億劫な帰宅時の満員電車も苦ではなかった。今日はただ、早く家に帰ってあの”水色の小箱”を開けたい。田所の頭にはそのことしかなかった。休憩中、リンと過ごした僅かな時間。初めて重なった手。たった数時間前にのことなのにつり革を握る手を見ただけでその瞬間が鮮明に蘇ってくる。

帰宅して手洗いうがいを済ませた後、田所はいそいそと鞄から小箱を取り出した。十字にかけられた白いレースのリボンをしゅるりと解くとき、小さな封筒が挟まっていることに気がついた。中には可愛らしい花柄のメッセージカードが入っていた。

田所さんへ
1ヶ月遅れのバレンタインです。遅くなってごめんなさい。忙しい時期を越えたので、また都合がよければどこかお出かけできればな、なんて勝手に思っています。
甘党さんのお口に合いますように。感想、聞かせてくださいね。
(※日持ちは短めですのでお早めにお召し上がりください)
紀平凛香

「ちょっ……これって……」

田所はメッセージカードを持ったまま固まった。”どこかお出かけ”というのはつまり……デートのことだろうか。また、二人でどこかに行ってくれるということなのだろうか。もしそうなのであれば単純に嬉しいと思った。前回の初詣から日がだいぶ経ってしまい、次にどうやってリンを誘おうか考えあぐねていたところだったからだ。田所は一度、小さく深呼吸をした。まずは中身を確認し、それからリンに連絡をすることに決めた。リンが垂らしてくれたチャンスの糸を”勝手”で終わらせないためにも。

再び小箱を手に取り、丁寧に包装紙を取る。すると白くて高級そうな箱が姿を表した。蓋の右下には田所も知っている店名がおしゃれな字体でさり気なくプリントされていた。

甘党かつスイーツ好きである田所は店名を見たとき、中身の想像がついた。見当違いでないのであればおそらくマカロンが入っているはずだった。側面のシールをゆっくりと剥がし、蓋を取る。するとそこには予想通り、マカロンが5つ、行儀よく並んでいた。

「……しかも限定の、めっちゃいいやつじゃん」

マカロンは5つ全て違った種類のものが入っていた。シンプルな色ばかり並んでいるこのラインナップは期間限定の素材こだわりのものだとネットニュースで見かけた。中に挟まれているクリームも少しずつ違っているこだわり具合だ。どれから食べようか迷い、商品説明の栞を読んで一番シンプルそうなものを一つ、口へと運んだ。

「うんまっ」

生地の食感は絶妙。しっとりと舌の上で滑らかに広がっていく。挟まれていたガナッシュはダークチョコレートながらもカカオの甘みが秘められており、口の中からなくなってからもしばらくの間余韻を楽しむことができた。

ネットでは連日即日完売と書いてあった。ということは並んで買ってくれたと想像がつく。言葉を濁していたが確か渡すタイミングが合わずに買い直したとも言っていた。ということは2回も並んだということだ。

いてもたってもいられなくなって田所は急いで鞄から携帯電話を取り出した。

――お疲れさん。今日はわざわざ来てくれてありがとう。そしてそして……マカロン! これ、一日数量限定のやつだよね。めちゃめちゃ嬉しい。そして、めちゃめちゃおいしい。疲れ、全部吹っ飛んだわ。ありがとう。

送信ボタンをタップした数秒後、画面にぱっと”既読”のサインがついた。田所はすかさず、溢れ出てくる想いを打ち込む。

――メッセージも確かに受け取りました。”勝手”なんかじゃないよ。俺もどこか行きたい。

ここまで打って迷ったが、チャンスの糸を無駄にするまいと勇気を振り絞って最後の一文を打ち込んだ。

――しようよ、デート。

2通目のメッセージも、送信した瞬間に既読サインがついた。おそらくリンは画面を開いたまま、田所が送った内容を見ていたのだろう。もしくは、1通目のメッセージに何かを打ち返している途中だったのかもしれない。

打ち終わった田所は画面をじっと見つめていた。

1分……2分……こんなにも時間が経つのが遅いと思ったのは久しぶりだった。手書きのメッセージは、リンの心のメッセージに違いない。田所はメッセージの内容が解釈間違いではないことを祈りながら返事を待った。そして数分後、リンからの返事が画面上に現れた。

――お疲れさまでした。今日は美味しい和桜ラテをありがとう。そしてマカロン、喜んでいただけたようで何より! 本当は一緒に食べたかったんだけど、それはまたの機会にお願いします。
メッセージも汲み取ってくれてありがとう。”デート”、したいです。

「あー……もー……」

田所はベッドに突っ伏した。実物がそこにいないからこそ、想像が掻き立てられる。リンは今、どんな表情でこの文面を打ち返してくれたのだろうか。少し照れくさそうに、はにかみながら打ち返してくれている姿を想像するだけで胸が高鳴る。

「……俺は乙女か」
自分自身へのツッコミが静かな部屋に響いた。

――こちらこそありがとう。また、どこ行くか相談しましょー! ラテでも飲みながら。

なんでもない風を装いながらさり気なく、デートの前にもリンとの時間が持てるように返事を返した。

3月の中旬。あたたかい春風が背中を押してくれている。そんな気がした。

*  -  *  -  *  -  *  -

NEXT ↓
Coming Soon…


いただいたサポートを糧に、更に大きくなれるよう日々精進いたします(*^^*)