見出し画像

【掌編小説】あなたと私とホワイトスノーマンラテ④

こちら、続編になります。
お時間があるかたは是非、前のお話からどうぞ ↓
あなたと私とホワイトスノーマンラテ③

初めての方はこちらからどうぞ ↓
あなたと私とホワイトスノーマンラテ①

*  -  *  -  *  -  *  - 

時刻は10時50分。リンにとって待ち合わせ場所に早く着いてしまうのは学生時代からずっと変わらない癖のようなものだ。相手を待たせるくらいなら自分が待つ! の精神でリンはキュッと体を縮めながら改札の前で田所を待っていた。日曜日の改札は今から出かける人で賑わっている。リンはいつも田所のカフェへ行くときはスーツにコートという仕事スタイルでお邪魔している。今日は初めて私服で田所に会う日だ。ちゃんと見つけてもらえるか不安になったリンは今日の服装について一報を入れておくことにした。

――こんにちは! 今日、黒のコートに紺色のマフラー(黄色のチェックのライン入り)をつけています。沢山人がいるので見つけにくいと思いますが頑張ってくださいね。

送信ボタンを押そうとしたとき、前方から視線を感じた。携帯電話から顔を上げると5メートル程前には見慣れた、人懐こい笑顔を浮かべた男性が歩いてくる。

「明けましておめでとうございます」
そう言いながら田所は律儀に頭を下げた。
ワインレッド色のセーターにあたたかそうなキャメルのコートを羽織っている。首元から覗く白いタートルネックからは冬らしさが感じられた。黒のスキニーのパンツは田所のスタイルの良さを際立たせ、洒落た感じが垣間見える。前回、カフェでのデートのとき初めて田所の私服を見たので今日で私服を見るのは2回目だ。どちらもリンの好みど真ん中で思わず笑みがこぼれた。

「今年もよろしくおねがいします。今、連絡しようと思ってたところなんですよ。“ちゃんと見つけてくださいね?”って」
「そっか。そういえばリンさんの私服、初めてだもんね。でも遠くからでもすぐわかったよ、ありがとう」

二人は当初約束していた通り、昼ごはんを食べてから神社へと向かうことにした。
「昼飯、この辺りだとパスタ、天丼、オムライスがあるけど……」
「オムライスで」
「そう言うと思ったよ」
リンの大好物はオムライス。オムライスなら3食でも食べられると今まで田所に散々話をしてきた。田所は“流石に3食は勘弁してくれ”と言っていたが、オムライスが好きだという情報がしっかりとインプットされていたことが単純に嬉しい。

駅前の大通りを一本入った道を歩く。すると住宅街の中に突如、一軒の洋食屋が現れた。店の前に出ているボードには

【本日のランチ】
白菜とベーコンのクリームパスタ
自家製デミグラスソースオムライス
自家製煮込みハンバーグランチ
※全てのランチに当店オリジナルブレンドコーヒーがつきます

とあたたかみのある丸文字で書いてあった。その横にはイメージ写真も貼られており、ランチの美味しさを物語っていた。

「ここ、穴場なんだよね。オレも友人に教えてもらったんだけど、自家製のデミグラスソールが抜群に美味しいから……オムライスか、ハンバーグがおすすめ。うーん迷うなぁ」
「私はオムライス一択で」
「だと思った」
「寒いから中、入って決めよっか」

田所が入り口のドアを押し開ける。軽やかな鈴の音が響くと同時に中から店員が現れた。11時の開店直後、一番乗りの客だったようで奥の端の席に案内された。

席に着いてからも田所はメニューとにらめっこをし、ページを行ったり来たりしながら迷っていた。
「よし。一緒じゃ面白くないからハンバーグにする」
田所が決意したタイミングを見計らったかのように店員が注文を取りに来た。

「ご注文はお決まりでしょうか」
「ハンバーグランチとオムライスランチを一つずつ」
「かしこまりました。ブレンドコーヒーは食後でよろしいでしょうか」
田所がリンに目で合図をする。リンは無言で大きくうなずいた。
「はい、食後でお願いします」
「少々お待ちくださいませ」
店の奥へと店員が消えていき、オーダーが通る声が聞こえた。
「どの店でもオーダー、まだ復唱するんだね」
「ホントですね」

リンは何だか落ち着かなかった。私服の田所が目の前に座っていることにまだ慣れない。数秒目が合ってもすぐにそらしてしまう。この緊張が田所本人に伝わっているかはわからなかった。というのも、当の田所はどことなくリラックスをしている様子でリンに話題を振ってくるからだ。年末年始は何をして過ごしていたか。どのテレビ番組がおもしろかったか。お雑煮は白味噌か、赤味噌か、すましか。餅は丸か四角か……。

リンは今日、家を出てからずっと、話題がなくなったらどうしようという不安が何度も頭によぎっていたのだが取り越し苦労だった。正月というイベントにかこつければいくらでも話題は出てくる。それに、前回同様、田所がしっかりと話しをリードしてくれるのでリンも次第に緊張がほぐれてきた。

「お待たせしました、オムライスランチのお客様」
リンの目の前にお皿が置かれる。卵でしっかりと包まれたオムライスに茶色いデミグラスソースが惜しみなくかけられていた。テーブルの上に置かれたときにふわっとソースの香りがした。

「こちらが、ハンバーグランチです」
田所の方には程よく焼き色がついたハンバーグが2つ行儀よく並んだ皿が置かれる。リンのオムライス同様、デミグラスソースがたっぷりとかかっていた。

「「いただきます」」

まずはスプーンでデミグラスソースをひとすくい。舌の上にじんわりと甘さとコクが広がっていく。さらさらとした食感なのにしっかりとブイヨンが効いている。一体何時間煮込んで作られたのだろう。

「おいしい……」
「うん。……おいしい」
しばらく二人は無言で食べ続けた。オムライスのライスはケチャップライス。一口サイズの鶏肉に他の店にはあまりみかけない「パプリカ」が具材として入っていることでライス全体に野菜の味がしっかりと回っている。珍しいけれど癖になる味だった。

「リンさん……嫌だったら断ってね?」
突然、田所が思い出したようにリンに話しかけた。
「オムライス、一口ちょうだい?」
「は、はい! もちろん! 美味しいものをシェアするのは基本中の基本ですよ」
そう言ってオムライスを切り分けて田所のお皿に乗せる。会う度に少しずつ田所との距離が縮まっていく気がして何だか照れくさくなったリンは無言でオムライスを食べ続けた。するとリンのお皿にハンバーグがひとかけら、やってきた。
「はい、交換。おいしいものはシェアするんでしょ?」

リンは一拍置いてから小さな声で感謝を伝えた。
外はカリッと焼き目がついているのに中はまだ肉汁が閉じ込められていて柔らかいハンバーグ。焼き加減は最高だ。オムライスにもかけられていたデミグラスソースも牛肉をまろやかに包み込み、絶妙なハーモニーを醸し出していた。

「このデミグラスソースが最強ですね」
「でしょ。もうずっとデミグラスソース食べてたいくらい」

ランチを食べ終わる頃、再び店員が現れた。
「こちら、当店のオリジナルブレンドコーヒーでございます。正月から1月10日まで、2020ブレンドとしてお出ししているこちら、グアテマラとニカラグアの豆をブレンドしたコーヒーでございます」

至福のオムライスタイムが終盤に近づいていたとき、店内の奥で聞こえた機械音。それは豆を挽く音だったのだ。
「甘党でもたまにはラテじゃないのも、いいでしょ?」
サーブされたコーヒーカップを口元まで近づける。立ち上る湯気の中から豆の香りが感じられる。コーヒーはスッキリとしていて飲みやすかった。後味にキュッと締まる酸味が食後にぴったりだ。
「なんだか、贅沢な時間ですね」
「ほんとに」

オリジナルブレンドを堪能し体の芯から温まった。気づけば店内は人で賑わいをみせていた。すこし分かりづらい場所にあるお店なのにこの人気ぶり。外には待っている客もいるようだったので二人は店を後にして、神社を目指すことにした。

*  -  *  -  *  -  *  - 

NEXT ↓
あなたと私とホワイトスノーマンラテ⑤

いただいたサポートを糧に、更に大きくなれるよう日々精進いたします(*^^*)