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【掌編小説】静かな夜に

「今日はクリスマス・イヴです。お出かけの予定がある方も多いと思いますが本日、日本列島はこの冬一番の寒さに覆われそうです。暖かくしておでかけください。場所によってはホワイトクリスマスになるかもしれません。楽しみですね。以上、お天気をお伝えしました」

朝のワイドショーでアナウンサーが頬と鼻をピンク色に染めながら一生懸命に原稿を読んでいた。出勤の支度を整えながら画面を横目で見ていた未由は今日がホワイトクリスマスになるかどうかなんてどうでもよかった。今日はただの12月24日。未由にはなんの予定もない。
――クリスマスなんてなくなってしまえ。
不貞腐れた気持ちのまま、家を出た。

いつもと同じように仕事を終えた未由は浮足立つ街を足早に通り抜け駅へと向かった。駅前はいつもより混み合っていた。携帯電話を耳に当て、手を上げて合図を送っている人、ケーキ屋の紙袋を提げて嬉しそうに改札を通り抜ける人……。未由の心の真ん中をすぅっと冷たいものが落ちていく。今日という日がこの冬で一番寒い一日でよかったと思った。

ぎゅうぎゅう詰めの電車に乗り込み、15分耐え忍ぶ。車両から吐き出され、大きく吸い込んだ空気は澄んでいて少しスッキリした。
――ケーキでも買って帰ろう。
未由はコンビニに寄り、クリスマスのシールが貼られたショートケーキとチョコレートケーキを購入した。一人でクリスマスを過ごすのだからこのくらいの贅沢をしてもバチは当たらないだろうと思いながら。

帰宅し、真っ暗な部屋に電気をつける。
「ただいま」
しんと静まり返った部屋で未由を待っていたのは先日購入したクリスマスツリーだった。
「クリスマスパーティ……しよっか」
未由はこの言葉を本当は、ツリーではなく、貴将に言いたかった。

貴将と最後にデートをしたのは12月の1週目の金曜日。その時、クリスマスの話が出るかな、と少し期待を抱いていたのだが貴将はいつもの如く、土曜日の始発の新幹線で東京へ帰ってしまった。「また連絡する」と短いメッセージが土曜日に届き、その後ぽつぽつとやり取りがあったものの、クリスマスの話は一切なかった。貴将が出張でこちらに来るのは平均すると月に1回。きっともう12月はこちらに来ることはないのだろう。

貴将と知り合って、月に1~2回会う、恋人と言って良いのか微妙な関係が始まってからもうすぐ一年が経つ。だけど、貴将から確固たる言葉をもらったことはないため、未由には”彼女である”という自信がなかった。「私達の関係性って何?」と貴将に問いかけたとき、返ってくる答えを聞くのが怖くて、未由はその答えを宙ぶらりんにしたままだった。

貴将が東京に帰ってしまったその日、未由は暗い気分を払拭したくて街に出た。クリスマスムード一色に彩られた街はきらびやかだったが未由の気持ちはその盛り上がりにはついていけなかった。今までも一人でクリスマスを過ごしてきたのに今年はなぜか寂しくて、悔しくて、雑貨屋で衝動的にクリスマスツリーを購入した。松ぼっくりやプレゼントなど小さなオーナメントが散りばめられた30センチほどの高さのクリスマスツリー。ほくほくとした気持ちで持ち帰り、テレビの横に飾った。家が華やかになった気がすると思ったのも束の間、冷静にクリスマスツリーを見つめると、一人暮らしの寂しい部屋にキラキラと輝くそれはなんだか場違いのような気がした。

冷凍していたピザをトースターで焼き、冷蔵庫からお気に入りの缶チューハイを取り出し、テーブルに並べる。未由は少し考えてからクリスマスツリーからオーナメントを2,3個拝借し、お皿の横に添えた。するとその一角だけは楽しいクリスマスパーティのように見えた。

「いただきます」
手を合わせてからピザにかじりつく。伸びたチーズが急にパチンと音を立てて切れ、未由の口にあたった。顔をしかめながらも、美味しさを噛み締めているとインターホンが鳴った。
――荷物、頼んでたっけ。
ドアホンの画面に目をやるとそこには貴将が立っていた。

口の中に残っていたチーズが、喉に詰まる。咳き込みながら未由は通話ボタンを押して応答した。
「なんで……!?」
「ごめん、サプライズだったんだけど……まずかった? 帰る?」
寂しかったはずのクリスマス。画面の向こう側に、すぐそこに大好きな人が来てくれていることがわかっただけで未由の目からは自然と涙が溢れてきた。未由は無言でオートロックの解錠ボタンを押し、貴将が来るのを待った。

玄関のチャイムが鳴り、ドアを開ける。そこには会いたくてたまらなかった大好きな人が照れくさそうな顔をして立っていた。未由は玄関に足を踏み入れた貴将の左手をぐっと引き寄せて抱きしめた。

「何で言ってくれなかったの」
貴将の胸の中で、涙を流しながら未由が言う。本当は、嬉しい気持ちを伝えたいのにずっと胸の奥につかえていた言葉が先に出てしまった。
「いや、だからサプライズしようと思って」
「もう今月は会えないから、クリスマスの話して来ないのかなって。私も、聞いたらだめなのかなって、勝手に、思って。プレゼントだって、何も、用意して、ないのに」
一度出てきた涙は止まらなかった。嬉しいのに腹が立つ。寂しかったのに幸せを感じる。未由の感情はぐちゃぐちゃで制御することができなかった。
「不安にさせてごめん。これからは気をつける」
貴将が未由を抱きしめ返す。胸いっぱいに大好きな香りに包まれて、未由の高ぶりは次第に収まっていった。

「どうぞ……おあがり」
手の甲で涙を拭いながら未由が言う。
「おあがりって何」
クスクスと笑いながら貴将が部屋に入ってきた。
「おっ、パーティーしてるじゃん」
「大したものはないけど……あ、ケーキなら2つあるよ?」
「じゃあそれをいただこうかな。ごめんな、何も気が利かなくて」
未由にとってそんなことはどうでもよかった。ただ12月24日という一日を、貴将と共に過ごすことができることが何よりのプレゼントだった。

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七海さんのこちらの企画に参加させていただきました。

昨年に引き続きアドベントカレンダー企画に参加させていただくのは2度目です。このところ想像を膨らませる余裕がなくて小説を書いたのはかなり久しぶりなので拙いところがあったかもしれません。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

皆様に素敵なクリスマスが訪れますよう、あと数日、ワクワクしながら当日を待ちましょうね。

最後になりましたが七海さん、企画&とりまとめ、ありがとうございました。メリークリスマス!

いただいたサポートを糧に、更に大きくなれるよう日々精進いたします(*^^*)