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【掌編小説】私たちの、恋路は最強

この掌編小説は、私と百瀬七海さんとでお届けする、マジカルバナナ的リレー小説のうちの1本です。

七海さんのこちらの物語の最後のフレーズをタイトル(=バトン)とし、そこから一つのお話を仕立てています。

それでは本編へどうぞ。

* - * - * - *

「お前らいつになったら付き合うんだよ」
「実はもう付き合ってたりして?」
「はい、それセクハラー。俺にも、こいつにも。相談窓口、電話しますよー?」
そう言いながら磐井先輩は酔っ払った上司達を淡々とさばく。1ミリも動揺していない様子はいつもと何ら変わらないのだけれどそのやり取りは毎回、私を寂しくさせる。

「で、実際のところどうなの? 傍から見たら結構お似合いだと思うけど?」
磐井先輩が男性陣を捌いている隙に、隣に座っている安藤先輩が私に囁く。安藤先輩は磐井先輩の一つ年下、私からすると二つ年上の、お姉さん的存在の先輩だ。

「残念ながら、なにも」
「ふーん。ホントに? 」
「ホントです」
何なら私よりも安藤先輩の方が磐井先輩とお似合いですけど、という妬みはビールと一緒に喉の奥に流し込んだ。安藤先輩は細身でスタイル抜群。磐井先輩と並んで話をしているだけで悔しいくらい画になる。磐井先輩とも仲がよく、安藤先輩に溺愛している彼氏がいることを知らなければ心穏やかに毎日過ごすことなんて出来なかっただろう。
「何かあればいいのにね」

”何かあればいいのに”。誰よりもそう思っているのは私だ。

私は営業部に配属されてからずっと磐井先輩とバディを組んでいる。仕事における相性はバッチリで得意先からの評判も良い。お互いの苦手を補い合う事ができる関係だったからだ。自分に無いものを持っている磐井先輩は知れば知るほど魅力的だった。

バディを組んで数ヶ月経った頃”仕事のプラスになるから”と誘われて、プライベートで2人で出かけたことがあった。その日、関係性が変わるのではないかと少し期待をしていたけれど特に何もなく、夕方には解散した。とても健全な外出だった。

それ以降、1ヶ月に1-2回、プライベートでどこかへ行くようになった。だけど毎回、これはデートなんだろうかと疑問を抱く。というのも、先輩は私と出かけたことを何かの拍子に部内の同僚に言うことがあるのだ。隠す様子は一切ない。先輩との外出は仕事の延長で、私は「女性」としてではなくただの「バディ」だ。いつの間にかそんな意識が脳に植え付けられていた。

こんなに大好きなのに、絶対恋人になれない。恨みがましい目線を向けても先輩は私の視線に気づくことなく、座敷の奥の方で先程捌いた上司に囲まれていた。

「瑞月」
「はいっ!」
反射的に返事をすると磐井先輩が呆れたように笑う。
「業務時間終わってるし、そんなに緊張しなくても。どうする? 二次会。俺、帰るけどよかったら送ろうか?」
「え……先輩お酒は?」
「飲んでない。だから楽できるよ?」
と言って先輩は車のキーを私の顔の前で揺らした。

「安藤! 後、頼む」
2軒目に向かう集団の端にいた安藤先輩の肩をぽんと叩きながら磐井先輩が言う。安藤先輩は磐井先輩と私を交互に見てからこう言った。
「今日も大変だったね。あとは任せて。……西浦さん、気をつけてね」

「瑞月、行こっか」
そして二人でそっと集団から抜けた。
「安藤に頼んで、車返しに行く事にしてるんだ。だから心配ご無用」
騒がしい集団を背に磐井先輩が言った。

先輩について歩くこと5分。数時間前に車を停めたパーキングへと到着した。いつもの営業時のように後部座席に鞄を乗せ、助手席に乗り込んだ。

「そういえばさ。この前、友人と飯食ってたらたまたま同じ店に友人の友人がいて。結局4人で飯食ったんだ。まぁ流れで? 連絡先交換して。一人の子から結構連絡が来るんだよ。このお店行きません? とかまぁ……そういう連絡が」

突然、磐井先輩がぺらぺらと話始めた。私は一体何の話を聞かされているのだろう。人の……好きな人の色恋沙汰なんて聞きたくない。

「……そーですか。よかったですねー、お幸せに」
口から放たれた言葉は自分でも驚くくらい棒読みだった。思ってもいないことは感情とリンクしないことに改めて気づく。

「瑞月。まだ続きがあるから聞いて」
これ以上、何を聞けと言うのだろう。先輩はいつもは気が利くのに、たまに空気が読めないところがある。

「もちろん、俺も男だし、悪い気はしない。誰がどう読み解いても好意があるとしか思えないからね。友人曰く、その子はいい子らしい。けど……断ろうと思ってる」

断ると聞いて心底ほっとした。だけどあからさまに喜ぶのもどうかと思うし、少し悔しい。いい子をわざわざ断る理由でも聞いてみるか? と思っていた矢先、先輩が続けて言った。

「……ずっと前から公私混同しまくりの大事な奴がいるから」

目の前の信号が黄色から赤に変わった。先輩がゆっくりとブレーキを踏み、車が止まる。目の前の横断歩道を1組のカップルが幸せげに渡っていった。私は横目で先輩を覗いた。先輩はハンドルを握りしめたまま、前方を見つめたままだった。それは一体どういう意味なんだろう。私はゆっくりと視線を前方へと戻した。丁度、横断歩道の信号が点滅し始めたところだった。

信号が青に変わる。車がゆっくりと、発進する。私は先輩にバレないように、小さく深呼吸をしてから言った。

「いつからですか?」
「ん?」
「いつからその……公私混同を?」
「いつからかなぁ。少なくとも”仕事の延長”に誘ったときにはもう……好きだったよ」

最初のプライベートでの外出は私が営業部に配属されて半年が過ぎた頃だった。私が先輩を意識し始めたのもその頃だ。それから部内の飲み会の度にからかいを冷静にあしらい続けていた先輩。てっきり脈なんてないと思っていたのに。期間にして約2年。縮まらないと思っていた距離はもう充分過ぎるくらいに縮まっていたのだ。

「……上手くやっていけると思いますか?」
「部内のお墨付きだから最強じゃない? だってもう付き合ってるんじゃ、とか言われてんだよ?」
「ですね。じゃあ……その……連絡来てる人は、はっきり断ってくださいね?」
「焼きもち?」
答えるのは悔しかった。だけど、今はなんとなく、素直になるのが最善の選択な気がした。
「……焼きもちですが何か?」

すると先輩が急に黙り込んだ。同じタイミングで信号が再び赤に変わった。今日はよく信号に引っかかる。
「先輩?」
「……引かない?」
「何に?」
「今日……手出していい?」
先程と同じく先輩はずっと前を向いたままだった。だから私も、前を向いたまま答えた。
「そんなんで引くと思いますか? 遅すぎるくらいです。……願ったり叶ったりです!」

すると横から長い腕がするすると伸びてきて右手をぎゅっと握られた。
「あっそ……」
車内は沈黙が続いていた。だけどいつもとは違った。
数分後、辿り着くところは、新しい世界

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