見出し画像

【掌編小説】あなたと私とホワイトスノーマンラテ③ -田所side-

こちら、続編になります。
お時間があるかたは是非、前のお話からどうぞ ↓
あなたと私とホワイトスノーマンラテ②

*  -  *  -  *  -  *  - 

俺は何をやっているんだ……!

大晦日の夜、田所はかけっぱなしのテレビの前で携帯を握りしめ、自分自身に苛立っていた。

5日前のことである。一年前に客として出会った女性、紀平凛香と一年越しの約束、“デート”を無事に果たした。そのとき、勇気を出して連絡先を交換したものの、その日以来、お互いに何の連絡も取れていない状況だった。

「じゃあさ、一つお願い聞いてくれる? 年が明けたらさ、少し遅めの初詣、一緒に言ってくれませんか?」

クリスマスプレゼントを渡し、次に紀平と会う約束を何とかこじつけた。昨年、紀平が田所に「ラテを一緒に飲みませんか?」と誘ってくれたのが嬉しかった。だからこの日、次は自分が誘う番だと最初から決めていた。提案を笑顔で承諾してくれた紀平の前では平静を装っていたが心の中では大きなガッツポーズを決めていた。


田所の働くカフェは年中無休で営業をしている。大晦日である31日は閉店時間がいつもより早く午後6時となっていたが終日、店は大盛況だった。永遠に途切れることのない列。いくつラテを注いだかわからない。ただただ無心でラテを作り続けた結果、前年を大きく越える売上を獲得することができた。

「良いお年を……って言ってもまた明日会うけどね」
店長とメンバーとそんな年末の挨拶を終え、田所はヘトヘトの状態で帰宅した。元日の明日は11時出勤だ。現在の時刻は午後8時を回ったところだった。

ラストまで入っていてもいつもより帰宅が早い大晦日は例年、睡眠時間の確保に充てていたのだが2019年、田所にはやり残したことがあった。

それが、紀平への連絡だった。


大急ぎで食事と風呂を済ます。フル充電した携帯電話を片手に初詣の誘い文句をあーでもない、こーでもないと打っては消し、打っては消し……。気づけば時間はいたずらに過ぎ、電池の残量は減る一方だった。

紅白歌合戦は白組が勝利した。全員が仲良く『蛍の光』を大合唱している。
もうすぐ2019年が終わる……。

結局、田所は携帯電話を片手に2020年を迎えた。
その時だった。

携帯電話が軽く震えた。画面を見るとそこには「紀平 凛香」とある。田所は慌てて画面をタップした。

――あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

たった2文の短い年始の挨拶がもやもやとしていた田所の頭中の霧をさぁっと晴らしていく。すると何かが吹っ切れたように先程まで全然動かなかった指がするすると動き始めた。

――明けましておめでとー! 今年もよろしくねー! 連絡できなくてごめん。大晦日もがっつり、ラテ三昧でした。明日もラテ作りまーす。

画面に田所が打った文面が映し出される。数秒後、ぱっと“既読”サインが点いた。穴が空くのではないかと思うくらい画面をじっと見つめていると紀平からすぐさま返事があった。

――えっ! 正月休み無いんですか。お疲れさまです。私は今年、お正月休みが長くて月曜日から仕事です。年始、忙しいと思いますが無理しないでくださいね。

疲れた体に優しい言葉が染み渡る。しばらく画面を見つめた後、田所は手帳を取り出し、次の休みはいつか確認をする。年始はフル稼働のシフトだが幸い、5日の下には「休」という文字が輝いていた。

――ありがと! リンさんは正月ゆっくりしてね。ところで、初詣だけど5日とかあいてる? (覚えてる?) 

田所は思い切って送信ボタンを押した。するとすぐに“既読”サインが点いた。
「頼むっ……!」
祈るような気持ちで返事を待った。

――ちゃんと覚えてますよ。5日、いいですね。是非行きましょう。よろしくおねがいします。

「っしゃあ!!」
静かな部屋に声が響いた。たった10分弱のやり取りに新年早々、幸先の良さを感じる。

――リンさん、どっか行きたい神社とかある? 無かったら探しとくけど。

田所の勢いは止まらなかった。するすると動く指にまかせて文章を作成し送った。だけど一定のテンポを保って返ってきていた紀平からの連絡が急に途絶えた。大晦日だし、もう寝てしまったのかもしれない。だけど明日がある。今日は明日のラテ三昧に備えてそろそろ寝るか、と思った矢先、携帯電話が小さく、田所を呼んだ。

――一緒に行けるならどこでも!

一瞬、息が止まった。これは、夢か?
田所は一度、目をつぶって大きく深呼吸をする。

一年間、紀平と会話をし、距離を縮めていった。その中で紀平に対してしっかりとはっきりした、どちらかといえばクールなイメージを抱いていた。だからこんな、まるで付き合いたての彼女が彼氏に送ってくるような文面が来るなんて予想をしていなかったし、紀平の知らない一面を見ることができたのがただ単純に嬉しかった。

――ありがと。じゃあ5日は店に一番近い改札に11時集合でどうですか。早い? メシでも食ってから神社、行こうよ。

――はい、よろしくおねがいします。それでは、おやすみなさい。

白い犬が布団の中でぐっすりと眠っているスタンプが最後に送られてきた。口角が無意識に上がっているのがわかる。今夜は気が立って寝られない予感がした。だけど明日のラテ三昧の一日を想像し、意識的に頭を冷やす。寝なければもたない。田所は台所へ行き、水を一口、含んだ。

今夜はいい夢が見られそうだ。

幸せに包まれながらベッドに潜ると田所は一瞬にして意識を失った。

*  -  *  -  *  -  *  - 

NEXT ↓
あなたと私とホワイトスノーマンラテ④

いただいたサポートを糧に、更に大きくなれるよう日々精進いたします(*^^*)