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【掌編小説】ほくほくと甘い

「おつかれさん。今日はどうだった?」

遅番の仕事を終え、電車を降りたとき、ちょうどいいタイミングで雅喜から着信があった。

「おつかれ様。聞いてよー。今日ね、閉店間際に年寄りのお客さんがずっと居座り続けてね。お客さんだし、無下にできないでしょ? 時間にして30分。メニューの端から端まで“これは何を使ってるんだい?”って。もうほんと疲れたー。おかげで締めに時間がかかっちゃった」

職場から電車で40分。今歩いているのは小さな商店街。だけど時間も時間なだけにシャッターは閉まり人通りなんてほとんどない。まして知り合いなんて一人もいない。おかげで私は周囲のことを気にせず、愚痴を雅喜にぶちまけることができた。

「そっかそっか」
「うん……あ、いきなり聞いてくれてありがと」
「どういたしまして。……ということで! 浅海に質問!」
「雅喜……いつもながら接続詞おかしくない?」
「細かいことは気にしない。でさ、31日って仕事?」

10月31日はハロウィーン当日。例年、社員の私はシフトに必ず入っているはずなのに今年はあまり盛り上がらないと見たのか、初めてハロウィーンの日が休みだった。
「ううん。休みだよ。もはや“手伝いましょうか?”と店長に声をかける気にもならない6年目社員です」
「じゃあ……家行っていい?」
「もちろん」

そうして迎えたハロウィーン当日。14時頃に家のチャイムが鳴った。
玄関のドアを開けるとスーツ姿ではない、私服の雅喜が立っていた。この姿を見ると“あぁ、今日は休みなんだ、ゆっくりしていいんだ”と心の底から安心する。

「いらっしゃ「Trick or Treat!!」
「うぁっ! ちょっ! あははははは! 待って待って! ある! あるから!」
「え?」
「お菓子、あるから!」
「え、あるの?」
「あるんですよ、それが」
小さな声でなーんだ、と言いながら両手の動きをピタッと止め、雅喜は靴を脱ぐ。最初から、いや、電話をかけてきた数日前からきっと、家に入るやいなや全力でくすぐろうと計画していたに違いない。いたずら心を忘れないのは付き合ってからずっとだ。

「あ、ホントだ。いい匂いがする」
台所の横を通り過ぎたとき、犬のように鼻が利く雅喜が何かしらのスイーツが焼けているのを嗅ぎ取ったようだ。
「飲み物、途中だったちょっと座って待っててね」

雅喜にそう告げてから急いで台所での作業へ戻る。既に材料は揃っている。あとは仕立てていくだけだ。

コーヒーカップの底にかぼちゃのペーストを入れ、上からエスプレッソを注ぐ。ペーストが溶けるように手早く混ぜ温めたミルクを茶こしで漉しながら注ぎ込む。1、2回くるくるとスプーンでかき混ぜた後、甘党の雅喜が好きであろう甘めのホイップクリームをふんわりと絞り、天面には細く蜂蜜を絞ってデコレーション。

リビングへと続く扉を開けると雅喜はソファーの右側に座っていた。左側に私のスペースをちゃんと開けてくれている。そんなちょっとした気遣いが嬉しい。

「お待たせしました」
私は雅喜の前の小さなテーブルの上にお皿とカップを置き、ソファーではなく机の横の地べたに座った。
「かぼちゃのスクエアケーキとパンプキンラテです」
「おぉ! ハロウィーン仕様!」

かぼちゃのスクエアケーキ。
付き合って間もない頃、お店で余ったかぼちゃのペーストをもらったので作ってみたケーキだ。ブラウニー型に入れて焼くだけの簡単な焼き菓子だったのでお菓子作り初心者の私にもハードルが低かった。慎重に切り分けて頑張ってラッピングをして仕事終わりの雅喜に渡しに行ったあの頃を懐かしく思い出す。

いただきます、と律儀に両手を合わせてから雅喜はケーキを口へ運んだ。

「うまっ。ほら、かぼちゃのケーキでふわふわのやつも作ってくれたことあるじゃん? あれとは違ってこれは噛めば噛むほどかぼちゃの味がこう……口に広がっていく感じがいいんだよなぁ」
「こっちは新作だよ」
コーヒー好きが転じて作り始めた季節のラテ。お店で出しているレシピの仕立てを別のフルーツや野菜に置き換えたら面白いんじゃないかと思って始めたのは今年に入ってからのことだ。新作ができたらまず、雅喜に飲んでもらうという流れは最近になって確立された。

雅喜の喉が小さく動いた後、少し目を大きくなった。
「見た目、全然わかんないのに最後にちゃんとかぼちゃの味がする!」
「そこがこのパンプキンラテのこだわったところなの。上の蜂蜜の味が強くなりすぎないようにいつもと違う蜂蜜にしたり、かぼちゃの微妙な量を変えたり。……気に入ってくれた?」
「もちろん」
「これでいたずらは勘弁してくれる?」
「しょうがないなぁ……」

ソファーの上から無言で視線を送ってきた雅喜は左手でソファーの左側をポンポンと二回叩いた。私は黙ってテーブルの横からソファーの左側に移動した。

落とされたキスはほんのりと、ほくほくと甘かった。

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百瀬七海さんのサークル、「25時のおもちゃ箱」に参加しています。
こちらの掌編小説は10月のテーマ、「ハロウィン」を基に書きました。


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