【掌編小説】あなたと私とホワイトスノーマンラテ②
こちら、続編になります。
お時間があるかたは是非、前のお話からどうぞ ↓
あなたと私とホワイトスノーマンラテ①
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仕事を早めに終えることができたリンはカフェの前に佇んでいた。時刻は午後4時50分。約束の時間には少し早いが遅刻するよりはマシだろう。しかしあまり早く入店してしまうのもなんとなく気が引けた。まるで子供がサンタクロースからのクリスマスプレゼントを待ちきれず浮足立っているようだと思ったからだ。実際のところ、それに近い感情を抱いていることにリン自身、薄々感づいていたから尚更だった。
今年は暖冬だとはいえ、夕方になると冷たい風がリンの体温を徐々に奪っていく。いつまでも店の前に佇んでいるのも変だと思ったリンは小さく深呼吸をし、ドアをくぐった。
「いらっしゃいませ。あ、リンさん! こんばんは」
顔なじみの女性店員がリンに声をかける。リンが挨拶を返す間もなく次の言葉が続いた
「今日の一杯は田所くんのおごり? だそうなのでそのままドリンクカウンターの方へどうぞ」
田所は一体、他の従業員に今日のことを何と説明をしたのだろうか。リンは先程の女性店員に軽く会釈をしてドリンクカウンターへと向かった。
「リンさん、こんばんは。お待ちしておりました」
1週間ぶりに見る、心癒される人懐こい笑顔。
「こんばんは。約束、果たしに来たんだけど……私はここでドリンクができるのを待ってたらいいんですか?」
気恥ずかしさからどう接するのか正解なのかわからなかったリンは少しぶっきらぼうに田所に言葉を放つ。そんなリンに対して田所はしれっと直球を投げてきた。
「約束? 今日はデートでしょ?」
そしてリンの方を見ることなく黙々とドリンクを作り続けた。しかしよく見ると田所の両耳が赤い。
――何だ。照れているのは私だけじゃないんだ。
“デート”という言葉に対して反応しきれなかったリン。無言で田所がドリンクを作る様子を眺めていると一年前のあの日が蘇ってきた。ミルクスチーマーが暴動を起こさなければ田所とこんなに仲良くなることもなかった。とすると、今も頑張っているこのスチーマーに感謝をしなければいけないのかもしれない。
「リンさん、聞いてる?」
「えっ、あ、ごめんなさい。聞いてる聞いてる」
「ホントかなぁ。はい、おまたせしました。本日だけの復刻版、ホワイトスノーマンラテのショートサイズとトールサイズです。この裏の角の席で待っててください。すぐ着替えて行くから」
そう言い残すと田所はさっと店の裏へと消えていった。
できたての温かいラテを両手に持ち、席へ向かう。いつもならどこよりもリラックスできるのがこのカフェのいいところなのに今日はいつもと違う。人を待つ、ただそれだけのことがこんなにも緊張を呼ぶということを初めて実感した。何とかして気持ちを落ち着けようとリンは携帯を開き、noteを読み始めた。しかし、どの記事も全く内容が頭に入ってこない。目が文字を追い、指が画面をスクロールする。リンは何も生み出さないその動作をずっと行っていた。
「ごめん、お待たせしました」
どのくらいの時間が経っただろうか。我に返って顔を上げるとそこには今までに見たことのない田所が立っていた。
いつもはエプロン姿で店頭に立っている田所の私服姿。一言でいうと、幼い。いつもよりずっと若く見える。白のニットにジーンズというシンプルな服装にかわいいレザーのブーツを合わせたコーディネートが田所の雰囲気にバッチリ合っている。
そして何よりもリンの心を踊らせたのが田所の前髪だ。いつもは目にかからないように斜めに流している前髪が、オフの今現在、ふわりと下におりている。
――これが、ギャップ……!
リンは半分口を開けたまま田所をじっと見つめていた。
「え、ちょっと何リンさん。俺どっか変?」
「う、ううん全然! お疲れ様。私服、初めて見たからちょっとびっくりしちゃって」
「幼いって思いました? 言われなれてますけどね。でも俺、リンさんより年上ですよね、確か」
一年間、リンと田所が会話を交わす中でわかったこと。それは田所がリンより年上だということだ。リンは今年30歳になった。田所は今年で32になる。
「そうでした、先輩」
「敬語じゃなくてもいいけどねー」
そう言いながら田所がリンの目の前に腰掛ける。緊張で口数が少なくなっているリンの様子に気づいたのか
「とりあえず……乾杯しよっか」
と田所がカップを手に取りながらリンに告げる。
紙のカップをトン、と合わせた後、一年ぶりのホワイトスノーマンラテを味わう。
ホワイトチョコレートの甘みが口いっぱいに広がり、オレンジのはちみつの香りが鼻から抜けていく……。リンにとってこのラテは色々な意味で特別だ。
「リンさんほんと、これ好きなんだね。幸せそう」
「これは間違いなく私の中で3本の指に入る絶品ラテですから」
そう言ってもう一口ホワイトスノーマンラテをすする。田所はそんなリンを愛おしそうに見ていた。
「さぁリンさん、どうしましょうか」
「どうって……どうしましょ」
「んーとじゃあ一応俺、年上だし、リードの意味も込めて、質問してもいい?」
質問、と聞いてぐっとリンは身構える。
「なんで去年、一緒に飲みません? って声かけてくれたの?」
「それは……」
お客さんと店員という関係を抜きにしてもっと仲良くなりたい、ただそう思ったからだ。あのときはわからなかったけれどその後、その気持は田所に対する恋心だったと気づいた。
「もっと、田所くんのことを知りたいなって。仲良くなりたいなって思ったから……」
「そっか。ありがと。俺もリンさんのこと、知りたい。……ってことでとりあえず連絡先交換でもします?」
少し照れくさそうに笑って田所が携帯電話をポケットから取り出す。
「俺のIDがね、『t_tdkr0305』。検索かけてみて」
「……あ、出ました。追加っと。送りますね」
「お、きたきた。これで、仕事以外でも連絡取れるね」
「……連絡していいんですか?」
「むしろ連絡くれないの? じゃあ何のために交換したのよ」
呆れたように田所が笑う。いつもの人懐こい笑顔とは違う顔。初めて見る、笑顔。
今一緒に過ごしているこの時間は一年間ずっと夢見ていた時間であることをリンは心の底から実感していた。
「……どした?」
田所は首をかしげながらリンの顔を覗き込む。今までに見たことのない無防備さで距離を詰めてくる田所に、リンの心臓は早鐘を打ち始める。
「い、いえ。何も。い、今更なんですけど、田所さんって下の名前何ていうんですか?」
「あー、そっからか。達也、だよ。リンさんは?」
「紀平です。紀平凛香です。みんなリンって呼ぶのでここでも、カップに名前かいてくれたりするときはリンでお願いしてました」
すると田所はニヤッと笑ってこう言った。
「あー自分で言うのもおかしな話だけどなんか初々しいやり取りしてんね、俺ら」
「ホントですね」
いつも交わしていた立ち話より今日はぐっと入り込んだ話ができた。座って、向かい合って、同じものを飲みながら。今の仕事のこと。異動になる前の仕事のこと。学生の時の思い出。スイーツ以外の好きな食べ物。休みの日は何をして過ごしているか……。
しかし楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。田所のトールサイズのカップがテーブルの上で軽い音を立てた。全てを飲み干してしまったサイン。それはデートの終わりを告げるサインでもあった。
「じゃあ明日もお互い仕事だし今日は……帰ろっか」
「そうですね」
「じゃあはい。リンさん」
そう言って田所が鞄の中から小さな包みを取り出す。
「メリークリスマス」
赤の包装紙に緑のリボンがついた可愛らしいプレゼント。リボンをよく見ると以前に立ち話をしたときにリンが好きだと言ったチョコレートショップのロゴが入っている。
「ごめん、何がいいか迷ったんだけど、モノだとちょっと最初から飛ばしすぎた感じするし、かといって何も無いのもどうかなと思って」
「いや、そんな私何も用意してない!」
何も考えずただ今日という日を迎えてしまったことをリンは今になって悔やんだ。
「これは俺が好きでやってることなんで。気にしないで」
「でも……」
「じゃあさ、一つお願い聞いてくれる? 年が開けたらさ、少し遅めの初詣、一緒に行ってくれませんか? 今日のプレゼントのお返しとして」
断る理由なんてなかった。だけどそれはお返しになっていないと思った。
――私ばっかりいい思いさせてもらってる……。
だけど今、リンには何もできなかった。できることは唯一
「もちろん、喜んで」
ありったけの笑顔を添えてこう答えることだけだった。
「じゃあ詳細はこっちで」
田所が携帯をとんとんと人差し指で叩く。
「ちゃんとあいてる日、連絡してきてくださいね? もちろん、それ以外の連絡も」
「……はい」
二人にとって初めてのデートは3時間にも満たないとても短いものだった。
だけどそれは一年という想いが詰まった、客と店員という二人の関係性が変わったとても意味のある時間だった。
そんな時間をクリスマスという聖夜に過ごすことができたことをリンは嬉しく思った。
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あなたと私とホワイトスノーマンラテ③
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