25.「ちがう」からこそおもしろい
大学で
母校の高校三年生に向けて、「移動する人々と社会」というテーマに関するエッセイ記事を書くことを依頼された状況を想定します。あなた自身が特に重要と考えるトピックについて、1000字から2000字程度で記述しなさい。
こんな課題が出ました。
主に東南アジア地域からの日本における移民をメインテーマに、様々な論文を読み、ディスカッションしてきた中で派生したこちらの話題に関して
常日頃から「ちがう=悪」ではなく「ちがうからこその良さ」を伝えたいなと思っていたので以下のようなエッセイを書いてみました。
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皆さんは、ハーフ(最近では「ハーフ」が片割れのようなマイナスなイメージを感じるということで「ミックス」と言うことも増えています。)の人に対してどんなイメージを持っていますか。
目が大きくて綺麗、英語が喋れそう、鼻が高い…などなど、うらやましいなぁと感じ、目鼻立ちの異なる人と出会ったとき、「ハーフ/ミックスですか?」「どこ出身ですか?」「日本語は話せますか?」「英語は話せますか?」と聞くこともあるのではないでしょうか。
うらやましいから。きれいだから。良かれと思って声をかけていれば大丈夫だと思っていませんか。実は私も少し前までそう思っていました。
それを質問されるミックスの人の気持ちを考えたことはありますか。
彼らは、新しい人と出会うと必ずと言っていいほど「ハーフ/ミックスですか?」と聞かれ、同じ会話を毎回繰り返さねばならないのです。その度に「よそ者」と思われているのではないか、と疎外感を感じることも少なくないそうです。皆さんが日本を自分の国だと感じるように、日本に住むミックスの人も日本を自分の国だと感じている人もいます。ミックスの人は日本のほかにアイデンティティ(=自己・自我の意識のこと)を感じる国が多いだけで、日本を「外国」だとは思っていないことが多いそうです。それにもかかわらず、周りの日本人から「ハーフ/ミックスですか?」と聞かれるので、「外国人」として接されている気分になり、悲しくなってしまう恐れがあります。
では、どのように接したらいいのでしょうか。私もまだ何が「正解」なのかは分かりません。ただし、何人だから、ミックスだから、という「外」の情報で判断するのではなく、「中」の情報に注目し、その人のありのままを見ることが大切なことだと思っています。というのも、人はそれぞれ異なります。皆さんも、私と同じ日本人だからといって、全く同じ人などいません。人種・外見に関わらず、皆それぞれが別々の両親から生まれ、異なる人生を送り、様々な考え方を持っているはずです。したがって、日本人だから、ミックスだから、○○人だから、というのは関係ありません。一人ひとりが相手の内面と向き合い、対話すること…それが、皆が生きやすい世界を創る第一歩になると私は思っています。
日本には様々な人が住んでいて、もしかしたら皆さんの周りに「自分とちがうから」という理由で「自分とちがう人」を攻撃する人がいるかもしれません。しかし、私はこう思います。
―人それぞれ違うからこそ、面白い。違うからこそ、新しいアイディアが生み出される。違うからこそ、刺激される。違うからこそ、自分の良さを再発見できる。―
だから、「ちがうこと」は悪いことでなく、良いことなのです。もし、皆さんの周りに「ちがうこと」に対して攻撃的な人がいたら優しく教えてあげてほしいのです。違うからこそ素敵なんだよ、と。そして「外」ではなく「中」を見よう、と一緒に寄り添ってあげてほしいのです。
一人ひとりの一歩は小さいかもしれませんが、まずは皆さんが、そして皆さんの周りの人が、相手の内面と向き合い、対話することで、皆が生きやすい世界が広がっていきます。そして、皆さんには周りの人に伝えていける力があると信じています。一緒に輪を広げていきませんか。
皆さんと共に、一人ひとりをちがうからこそ尊重できる素敵な社会を創っていけることを願っています。
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後半は自分の日頃から感じていたことだったので、熱が入りすぎてしまったかもしれません。実際に伝えることになれば、押しつけがましくならないように、寄り添いながら伝えたいなと思います。そして、「ちがう⇒良い」を実感してもらうためにも、まずは体験してもらうことが大切なのではないか。
以前noteにも書いたのですが、「外」に触れる機会や小さな成功体験を重ねられる機会を作りたい、と強く思うのです。
どんな形であれ、いずれ叶えていきたい夢です。
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