ゾウの背中
地表に住めなくなった人間が、地下へと潜ってから数千年の月日が経ったある日。
人類が築いた地下都市のひとつ、トーチギに暮らす青年ハヤトは、今日も一日油まみれに働いて、行きつけのバルのカウンターでビーアをのどに流し込んでいた。
「おい、やっぱりここにいたのかよ、ハヤト。」
至福のひと時に割って入って来たのは同僚のエリサだ。ズカズカと店内を進み、よいコラショとハヤトの隣に座った。
「トマスの話、聞いてるだろ?」
トマスというのは彼らの飲み仲間なのだが、先週から姿を見せず、妙な噂が囁かれている渦中の人物だ。
治安の悪さでは定評のあるトーチギだ。誘拐や殺人は珍しくない。トマスも何かの事件に巻き込まれた可能性は否定できない。
「ね、あたしが何を手に入れたと思う?」
そう言うと、エリサはポケットから見慣れないカードを取り出し、ハヤトの顔の前でヒラヒラさせた。
「なんだよそれ?」とハヤト。
「トマスの部屋のキー。」
「何だって? どこから持ってきたんだよ。」
「管理人をたらし込んでさ……なあ、ハヤト、ちょっと一緒に見に行ってみようよ。」
「え、やだよ、おまえ一人で行けよ。」
「いやー死体とかあったらまずいじゃん。お願い、ついて来てよ。」
エリサに関わっているとロクなことがない。しかし、ハヤトもトマスの件には興味があった。少し考えて、彼は彼女に同行することにした。
トマスの部屋の前に立つと、ドアのセンサーが反応し生体認証がはじかれたことを告げていた。
エリサがカードをかざすと、ガチャリと音がしてドアが開いた。彼らはゆっくりドアをあけ、トマスの部屋へと侵入した。
部屋に入り、二人はぞっとして立ち尽くした。
正面の壁一面に、緑色の大きな文字で「地上は生きている!」と殴り書きがされていた。
そしてその周りには、彼らが骨格標本でしか見たことない動物 ≪ゾウ≫ の絵がいくつもいくつも描かれていたのだ。
【続く】
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