トワイライト・エレベーター
机の引き出しの中を整理していた時だ。僕は見慣れない鍵を見つけた。
それは黄色いプラスチックの札が付いている平凡な鍵だった。「盆の湯 23番」と書いてある。銭湯か何かのロッカーの鍵だろうか?
「盆の湯」だなんて初耳だったし、ましてやそこのロッカーなどに何か預けた記憶もなかった。僕は、どうしても気になってしまって、この鍵の出所を探すことにした。
ネットで調べると、「盆の湯」はあっさり見つかった。隣町の商店街の中にあるようだ。僕は自転車にまたがると、早速「盆の湯」に向かって出発した。
「盆の湯」は年季の入った銭湯だった。番台には置物のような婆さんが一人座っている。入場料を婆さんの手元のトレイに置くと、男湯の脱衣所へと向かった。
23番ロッカーは閉まっていた。持ってきた鍵を指すと、ぴったりと入り、ロッカーが開いた。
ロッカーの中には一冊の大学ノートが入っていた。表紙に太いペンで僕の名前と住所が書かれている。
中を見ると、ぎっしりと文字が書かれていた。パラパラとページをめくりながら、僕はあることに気が付いてしまい、ぞっとした。
それはまぎれもなく、僕の字だったのだ。この全く見覚えのないノートには、僕の字で、書いた記憶のないことがびっしりと書かれていた。
これは…何なんだ?
最初のページを読んでみる。そこにはこんなことが書かれていた。
2019年6月8日。
先週から僕の身に起こっていることを書いておきたい。
事の発端は、あのエレベーターだ。
駅前の雑居ビルのあのボロいエレベーター。
空調点検のバイトで8階に向かっていたはずが、見たことがないフロアに着いていた。窓からは強烈な西日が差していた。
僕が乗ったのはエレベーターのように見えて、エレベーターではなかったんだ。
僕はノートから顔を上げた。1年前だ。全く覚えがなかった。
そもそも、この時期何をしていたのか、何も思いだせない自分に気が付いた。
【続く】
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