[ショートショート] -初恋- 君に捧ぐ、桜色。 #春弦サビ小説
小説のサビ部分。つまり盛り上がるところだけを抜き出して書く試みです。
唐突にいろいろ出てきますが、物語の前後を妄想しながら読んでいただければ幸いです。
Q_nineさんの詩から作った曲を元に書いてみます。
-初恋- 君に捧ぐ、桜色。
「おまえバカか? そんなことしたってヒヨコは生まれないぞ」
僕の言葉に君は涙目になりながら振り返った。
「生まれるもん。本で読んだんだもん」
「それスーパーで買って来た卵だろう?」
僕はスーパーの卵がヒヨコにならないことを知っていたが、その理由を知らなかった。
だから君にうまく説明できなかったんだ。
君はスーパーで買った卵を小川の横の小さな陽だまりまで持ってきて毎日温めていた。
やがて春が来て桜の花が咲き始めても君は卵を温めていた。
早く諦めてくれればいいのにと思って僕は毎日君を探し出しては声をかけた。
不器用なガキだった僕は、どうしても「バカか?」とか「アホ」とかそういう言葉しか君に投げることができなかった。
君はその度に怒って「あっち行け」「バカはそっちだ」などと応戦してきた。
僕はそんなやりとりを嬉しく思ってしまって、君と言葉を交わした日の夜は気持ちがざわついて眠れなかった。
やがて桜の花がゆっくりと散り始めるころになっても君は卵を暖め続けたが、卵は孵らなかった。
見た目は普通の卵に見えるけど、中がいったいどうなっているのか、僕は考えるだけでもゾッとした。
ドロドロに腐っているかもしれない。そんなものを君が大切に持っているのも嫌だった。
何だか君を卵に奪われてしまったような気持ちにもなった。元々君は僕のものでも何でもなかったんだけど。
ある日、君が大事そうに日向ぼっこをさせている卵を僕は衝動的に奪い取って地面に叩きつけてしまった。
今でもどうしてそんなことをしたのか解らない。
卵はぐしゃっと割れて中身が飛び散った。
意外と中身は腐ってはいなかったけれど、ヒヨコにもなっていなかった。
君は飛び散った卵をかき集めて泣いた。
君の手指についたドロッとした白身や黄身を見て、僕はなぜか興奮してしまい、あわててその場から逃げてしまった。
その日以来、僕は君と言葉を交わすことはなくなった。
あきらかに君は僕のことを避けていたし、僕も君の姿が見えると緊張してしまってそちらを見ることすらできなくなってしまった。
その代わりに僕の周りを卵の妖精がうろつくようになった。
おとぎ話に出てくるような卵の形をした妖精だった。
そいつは口が悪かった。
何かにつけては僕をののしり、お前はこの世で最もダメな人間だと繰り返し言ってきた。
僕は全くもってその通りだと思っていたので卵に反論することはなかった。
卵からは「この腰抜けめ、謝ってこい」などと言われたが、僕はそうしなかった。
思春期になると、僕は親父のギターを持ち出してバンドで歌ったりするようになった。
バンドでもやれば少しはモテるかなと思ったのだが、そうでもなかった。
歌うことは純粋に好きだった。僕は誰かに直接何かを言いに行ったりはできなかったけれど、歌うことはできた。
だから僕は歌をたくさん作った。
歌を作り始めると、卵の妖精はあまり姿を見せなくなっていった。
中学の文化祭で思い切ってみんなの前で演奏をした。
観客の中に君の姿を見つけたけれど、君は遠くから見ているだけだった。
僕も君に解るように視線を送ることはできなかった。
やがて月日は過ぎ、君と僕は高校生になった。
僕らは別々の学校になってしまったけれど、駅前の商店街などで時々君を見かけることがあった。
君はいつも友達に囲まれて楽しそうだった。君が僕に気が付くようなことは一度もなかった。
これでいいんだ…と僕は自分に言い聞かせた。
君と僕の人生は交わることなく通り過ぎてしまったんだ。
君が彼氏と一緒にいるところも見かけたことがあった。その度に僕の胃はキリキリ痛んだが、僕はそれに気が付ないフリをして歌を作った。
そのうち僕にも彼女ができてキスをしたりセックスをしたりもしたけれど、どこかで君と比べてしまっている自分がいた。
君とは何もしていないのに。比べてしまっていた。
僕は最低な人間だ。
僕はいくつもの歌を作った。
僕は君を忘れたかった。君が卵を大事そうに抱えていたことも、指にべっとりついた白身や黄身を忘れたかった。
だから僕は歌った。
そうして僕が大学をサボって路上で歌をうたっているころ、風の噂で君が結婚したと聞いた。
僕は久しぶりに地元に帰って、君が卵を暖めていた小川へ行ってみた。
小川は記憶よりもずっと小さかった。
僕は川辺に座ると持って来たギターを取り出して静かに弾き始めた。
だけれども歌うことができなかった。胸の中に何かがつかえて声が出なかった。
「お前はいくつになっても変わらないな。だからダメなんだ」
懐かしい声がしたので足元を見ると、卵の妖精が立っていた。
「ああ、そうだ。僕はダメな奴だよ」
「いいかげん自分に素直になったらどうだ?」
僕はその言葉で思い知った。ずっと誤魔化して来たんだ。
ガキのころからずっと。
「好きだったんだ…」
口に出して言ってしまうと、その後は堰を切ったように感情が後から後から溢れ出て来た。
僕は声を出して泣いた。
もう大人なのにこんなに泣くなんてみっともないと思った。
だけれども、僕は泣くことを止められなかった。
「大好きだったんだよ」
目の前では幼いころと変わらずに優しい音をたてて小川が流れていた。
あとがき的な
このお話は、Q_nineさんの詩と、そこから作った曲を元に考えてみました。
詩の世界から私は “別れ” を感じました。
ここで言う “別れ” とは、幼いころの恋心だったり、子供から大人になる途中で脱ぎ捨てて行くものだったり、いろいろな出来事が過去になっていく過程そのもののこと。
ちなみに、私が長編小説を書くとしたら純粋な人間ドラマはあまり書きませんので、このエピソードは物語の中の重要なエピソードのひとつって感じの位置づけになると思います。
サビ小説ですからね^^
どうぞ、この前後を想像して楽しんでいただければと思います☆
Q_nineさん、ありがとうございました。
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