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始まりと終わりの音楽

このあいだ、70年代80年代の歌謡曲を聴いていて、しみじみと懐かしく、いつまでもずっと聴いていたいという気持ちになって、あれっと思った。今、流れている曲はぜんぶ、その昔は嫌いどころか、何も感じないから無関心で退屈だった曲だよな、と気づいたのだ。いつから、わたしは音楽全般を聴けるようになったんだろう。ヘビメタのように、刺激の強い音量の大きいものは相変わらず苦手だけど、それでも他の人がヘビメタが好きという気持ちは分かる気がする。

文章を書くのは読むのも書くのも好きで得意、絵は見るのも描くのも好き、でも、幼い頃、音楽にはコンプレックスがあった。わたしには音楽が分からない。

もともと音楽を楽しむ環境ではなかった。父も母も祖母も、音楽のために、ラジオを聞いたりテレビの歌番組を見たりすることのない人たちだった。田園地帯の一軒屋に、朝、流れていたのは、ラジオ体操の曲。「新しい朝がきた~」

それでも、母は、わたしをピアノ教室につれて行った。生徒さんがピアノを弾いているところを見学して、わたしは鍵盤を叩く曲芸をしているのだと思った。手が白黒の上を行き来して何かを操作しているのが面白かった。母に「習ってみたい?」と訊かれて、わたしは「うん」と答えた。それが運のつき。
ピアノの練習は面倒だった。わたしはもっと本が読みたかった。いちど始めたことは続けなければならない、という昔風の教育方針からだろう、いやいやながら、ピアノを習い続けた。練習をしないので、よく母に怒られて、ますます嫌いになった。

小学生の頃、歌うのは好きだったが、今思えば、大声を出すのが好きだったのだ。音程は合っていたので音痴扱いはされず、先生には「元気がよくていいですね」と褒められて嬉しくなって、さらに大きな声で歌ったけれど、ハーモニーの美しさには気づいていなかった。
友達が歌謡番組の話をするのでテレビのチャンネルを合わせてみたが、綺麗な衣装を着ている人が変なふうに手足を動かしてるな、としか思えず、退屈で、長くは見ていられなかった。音楽に感動した、なんて話を聞くと、それはどんな状態なんだろう、と好奇心が湧いて、うらやましいなあと思っていた。

初めて、音楽を聴いて感動したのは、中学の夏休み。退屈しのぎに観はじめた「1000年女王」というアニメに夢中になった。そのクライマックスの音楽に、心の底から震えたのだった。ストーリーはほとんど覚えていないけれど、千年の間、地球を守ってきた女王の悲壮感、使命感とマッチしていた。

いま、これを書くために調べて初めて知ったのですが、この曲の作曲は喜多郎だったのですね。そうかー。その後、NHKの番組「シルクロード」で喜多郎を知り、初めて買ってもらったLPが喜多郎でした。そう、曲名は「星空のエンジェル・クィーン」だった。そっかー。YouTubeで久しぶりに聴いてみたけど、やっぱり今聴いても感情を揺さぶられる。

それがダムの一穴だったと思う。でも、一気に決壊したわけではなくて、それからもぽつんぽつんと壁のあちこちに穴が空いていった感じだった。ただの音、下手をすると騒音に聞こえるジャンルが、少しずつ音「楽」に変わっていった。大学の専攻は、世界物産展でかかっていた「コンドルは飛んでいく」で決めたし、ラジオでたまたま聴いた「アメージング・グレイス」は長いこと曲名も知らなかったが、神様から降ってきた曲だと思っていた。あるとき、メロディを口ずさんで、タイトルを教えてもらったら、ほんとに神へと呼びかけ、神に感謝する賛美歌だった。今では日本でもすっかり有名な曲になりましたね。

失敗ばかりで落ち込んでいた社会人なりたての頃には、沖縄の居酒屋で「花」を聴いて慰められた。自分なりに仕事に自信がついてきた頃、母と行った温泉宿の夜の音楽イベントで初めて生のジャズを聴いて、ひたすら楽しい、という気持ちを味わった。ストーリーによってもたらされる感情と結びつけずに音楽そのもの、音そのものが快感、と思えるようになった初めての経験だ。

皮肉なもので、文章はどんなジャンルでも(たとえば取扱説明書でも)みんな好きで中毒だから、たくさん読み過ぎていて、どれをどのような過程で感動するようになったのか、筋道をたてて思い出すのは難しい。音楽は、聴いた量が圧倒的に少ないので、かえって一つ一つの好きな曲、好きになった状況を鮮明に思い出せる。

ここまで少しずつ開いてきた感覚は、そのまま開きっぱなしなんだろうか。それとも、これから年をとっていくと、あれは嫌、これももういい、となって狭くなっていくのかな。子供へ帰っていくのだとすると、最後に残るのは「朝がきた~」のラジオ体操、ということになる。赤ちゃん返りした頭のなかで響く曲が、あの不思議に明るい希望の曲なら、それはそれで悪くないかな、と思う。

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