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自己肯定感、低いか?高いか?


自分の考えを残しておける場所ができた、と思うと、文章にしてみたいことが案外多いなと感じる。今日書こうとしていることは、数年前からの私の疑問で、最近やっと他者と意見を言い合うことができた内容である。

この話をした相手は、自己肯定感が高いひとで、わたしもどちらかと言えば、高い方、、いやただ高くしようとしているだけかも、、。2人で、”わたしたちは傍から見れば脳内ハッピー野郎なのかな?”なんて笑った。このひとは、4か月ほど前に知り合ったばかりだけど、世間の広さや、わたしが知らない倫理学とか、金融のこととかいろんな知識を刺激として与えてくれるひとである。


・あなたは、自己肯定感、低いですか?高いですか?

まず、自己肯定感とは何か、を確認しておきたい。

”自己肯定感(じここうていかん)とは、自らの在り方を積極的に評価できる感情、自らの価値や存在意義を肯定できる感情などを意味する言葉であり、自尊心、自己存在感、自己効力感、自尊感情などと類似概念であり同じ様な意味で用いられる言葉である。” 

辞書ではなく、Wikipediaからの引用だが。

自己肯定感が高い、とだけ言うと、ナルシストとか、自分勝手とかいうイメージも持たれるのかなと思うけど、わたしはそうじゃないと思っている。自己肯定感が高いって、素敵なことだし、人生において重要な要素であると考える。 

・自己肯定感が高いことは素敵なことと考えるわけ

わたしが、自己肯定感が高いことは素敵なことであると考えるわけを具体的に、4つ述べていきたい。

①自分を大切にできる
②自分を大切にするように他者も大切にできる  
③自分で自分の機嫌を取れる(情緒の安定)
④自分の人生に主体的に参加し意思決定できる            

①自分を大切にできる         
自己肯定感を持つことができれば、自分がしていることや存在意義について自分自身で認めることができると考える。それは、自分を尊重することでもあると思うのだ。

②自分を大切にするように他者も大切にできる
また、自己肯定感を持ち、自分を認めることができれば、他者をも認め、尊重できることに繋がると考える。自分と違う考え方を持つ相手であっても、その違いを肯定的に見る力になり得ると考える。ここで、他者を認め、大切にできない自己肯定感ならば、それは自分勝手であり、自己肯定感とは言えないのではないだろうか。

③自分で自分の機嫌を取れる(情緒の安定)
仕事でも勉強でもプライベートでも、ちょっと何かうまくいかない、行き詰まりを感じることがあると思う。そんな時、自己肯定感を持っていれば、今頑張っていることもいつか実を結ぶと思えたり、今日も頑張った自分を認めてあげることができるのではないのかと思う。そして何より、その繰り返しが自己の成長に繋がるのだと考える。

④自分の人生に主体的に参加し、意思決定できる            
自己肯定感を持つ、ということは自分をまるっと認めること、考え方や、生き方も認められる。そう考えるならば、迷い続けながらも自分の在り方を模索し、時には誰かの力も借りながら意思決定・人生への主体的参加を叶える一つの要因になっていると思う。誰かに決められる人生より、はるかに面白いはずだ。


・自己肯定感を高める要素

自己肯定感を高める、高く維持するための要素として、ふたつの形があると考える。以下の通りだ。

自己肯定感
↳①他者依存型
↳②自己依存型 

①他者依存型というのは、誰かに認めてもらうこと(言葉を貰う、地位を与えられる、尊敬されるなど)や、自らの成功体験(誰かの役に立つ、力になる)を挙げる。これらは、自分で認めたものをさらに強め、ある時には自分で自分を認めるよりもはるかに、自己肯定感を高める要素になると思う。これには、試験の点数も入るのかなと、書きながら思った。あれも一種の他者評価で、目標値は自分で定めておくにしろ、何かしらの比較対象があるわけで、自己完結では言い切れないものだ。

②自己依存型というのは、これまでも述べてきた、自分自身で行動や考え、ひいては生き方を認めるというものである。時に、自分を護ってくれる盾にもなるだろう。これは、他者と比較したり、誰かの価値観によって左右されるものでもなく、自己完結の要素である。自分で書いておきながらだが、この自己依存型は確立させることも維持することも難しく、常に流動的なものであると思う。

・自己評価と他者評価

先日、友人と自己肯定感について話している時に、ひとつの疑問が浮かんだ。

自分では10の力を持っていてそれにより何かを成し遂げられると言う信念(自己肯定感)を持っていたとしても、ある集団にいくと、他者は自分を7の力の人と評価するかもしれないし、他に15の力を持っている人がいるかもしれない。その時、自己肯定感は下がってしまうのではないか、という事だ。

色々な意見を持つ人が居て当然だと思うが、もし、わたしが上記のような場面に遭遇したならば、他者依存・自己依存の自己肯定感の両方共下がる、あるいは喪失するだろうと思う。つまり、他者依存の自己肯定感と自己依存の自己肯定感の引き上げ水準はある程度同じ程度でないと、より環境に左右されやすいものになってしまうのではないか、と考えたのだ。

自己評価を高く持つことがダメだとか、自己評価は低めにする方がいいとかそういうことを言いたいのではなくて、もしその両者に大きな差があったら、ストレスを感じてしまうと思った。

他者評価と自己評価に差異なく感じるためには、それなりの成功体験や、自己を客観的に評価できる能力が必要であると思う。結局他者との比較は避けられないのか、成功体験がなければ自己肯定感は得られないのか、と自分の考えの矛盾を覚えた。

しかし、良くも悪くも、自分に期待しすぎず、それでもってその余裕を大切にして、自分を肯定的に受け止めることが、一時的な環境に左右されずに自己肯定感を持つことに繋がるのだと思う。

自分自身を否定することは、他者から否定されるよりもストレスになり得るらしい。自分自身を大切に、このくらいいいか、と受け入れて安定した自己肯定感を持って生活すること目標として、心に留めておきたい。

・おわりに
自分で書きながら何を言いたいのかわからなくなった部分もあるので、まとまっていないが、今の考えを残すというもので、また変化したら加筆修正していけたらいいな。

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