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Book Review #2|バウルの歌を探しに

アジア、旅、紀行、このあたりのキーワードが好きなひとには、絶対オススメ。

ちなみに、わたしは、東南アジアの道端でプラスチックの椅子に座ってローカルフードをもきゅもきゅ食べるタイプで、学生時代は人類学を学び、ついでに自然体なことばで書かれたエッセイが大好きな人間だ。(片桐はいりさんのエッセイとか大好き)
気が合いそうと思ってくださった方は、きっとこの本が好きになる。

この本は、バングラデシュとインド西部を中心に存在する「バウル」という吟遊詩人を追う旅行記だ。

Book info

バウルの歌を探しに バングラデシュの喧噪に紛れ込んだ彷徨の記録
川内有緒・著 幻冬舎文庫

著者の川内さんはUNESCOでの勤務経験をもち、現在はノンフィクション作家として活動されている。
国連での経験を記した「パリの国連で夢を食う。」もオススメ。
(まだ全ての著作を読めてはいないけど、読みたい…!)

バウルとは

本書のテーマになっている「バウル」

バウルとは何であるか、を説明することは難しい。
辞書的な説明をするなら、バウルとはベンガル地方の歌い人。UNESCO無形文化遺産に登録されている。
アジア初のノーベル文学賞受賞者である詩人・タゴールは、バウルの神様とも呼ばれるラロン・フォキルに影響を受けたといわれている。

…と書くと、かなり神秘的なイメージをもつかもしれないが、現地の人々のバウルに対する評価は多種多様だ。
カーストに属さない、いわば”アンタッチャブル”と見なされることもあれば、その存在に心酔する人もいる。
バウルには修行や戒律が存在するが、それらを経ずに歌を表面的にまねるミュージシャンもいて、一部の若者から圧倒的な人気を誇っている。

何をもって、”本物の”バウルというのか。
そもそも、本物なんてものが存在するのか。これは何ともいえぬ非常に難しい問い。

このような得体の知れないバウルを求めてバングラデシュを旅した記録が、本書なのだ。

バウルの本質は、哲学

バウル=吟遊詩人というイメージに囚われると、ついその歌にばかり目が行ってしまうが、バウルの本質は、彼らのもつ哲学にある。
先に述べた修行や戒律というのは、その哲学に基づいている。

その哲学がどのようなものか…詳しくは是非本書を読んでいただきたい。(川内さんの臨場感のある文章により、自分も一緒にダッカの喧騒のなかをてくてくと歩いたり、ぎゅうぎゅう詰めの列車に乗り込んだり、カレーを頬張ったりしながら、バウルの真髄に少しずつ近づいている気分になれる)

ここでは簡単に書くと、バウルの人々が語る哲学は「すべての偏見や束縛から自由になり、内なる自分を見つめよ」というところに行きつく。

宗教とか、人種とか、性別とか、社会的役割とか、そんないろんなしがらみから解き放たれて、自分とは何かと問う、それがバウルの哲学だ。
表面的な宗教儀礼は気にせず、ひたすらに自らを見つめ、内なる旅をつづけて自分のココロと向き合う、それがバウルの修行だ。

自分が何者であるかは、自分のココロや直感は知っていて、だから、それに従う勇気をもつ。
その心に従った結果が、人生ではないか、とバウルたちの話を総合して川内さんは書いている。

教養を身につけるということ

バウルの哲学の真髄にあたる、内なる自分とは、あらゆる時代にあらゆる場所で説かれているのかもしれない。
実際、著者の川内さんも「自分の中のメッカ(聖地)を探せ」というバウルのことばを受け、本書の中でこう書いている。

そうか、メッカと表現するのは、たぶん人間の根本のことではないだろうか。日常では意識することがない、深く沈んでいる自分。それは、フロイトが言う無意識のことかもしれないし、岡本太郎が「自分の中で燃える聖なる火」と呼んだもののことかもしれない。固く閉ざされた扉を開けて、隠された炎を発見すること。それは仏教でいうやっぱり悟りなのかもしれない。

結局のところ、人間の本質はいつの時代も変わらないのではないか。
技術が発展し、社会が変化し、人間関係やコミュニケーションのとり方が変わり、価値観が変容し…でも、人間の根本は変わらない。何に悩むのかも、本質の部分では、変わらない。

きっと、だからこういう本が存在するのだ。(まだ読んでないけど)

そう考えると、一見自分とはまったく違う世界で生きるように思われるバウルの姿は、しがらみばかりで、内なる声に耳を傾ける余裕がない、いや傾けようともしていないのかもしれないわたしたちに、1つの生き方を説いているように思う。
自分を見失わない、生き方を。

そして、上記に例示した書籍の存在からもわかるように、時代を超え、場所を超え、本質が共通する内容は説かれ続けている。

個人的に、教養というものの価値はココにある気がする。
時代や場所を問わず、人間の根本は同じだと知ることで、視野が広がる。
視野が広がると、考え方が変わる。
考え方が変わると、生きるのが楽になる。
教養を身につけることは、自らの人生を豊かにする。

…と、まあ話はかなり飛躍したが、そんなことを考えながらわたしは本書を読んでいた。
「バングラデシュ?吟遊詩人?何それ、自分と関係ない。っていうか、そんなの知って何になるの」と一蹴するのは簡単だし、そうする自由は誰にだってある。

でも、わたしは、そういう物事を知りたい。
すぐに経済的リターンになる知識だけが、ビジネスに生きる知識だけが、人生の価値ではないと思うから。

…うん、ここまで書いて、なぜ自分が人類学を学んでいたのかがわかる気がしてきた。
人文社会科学は無駄じゃないよーと小声で主張しておきます、はい。

旅をするように生きる

人生はよく旅に例えられるけど、本当にその通りだと思う。
目的をもって効率よく進むのもよし、その場の直観に従いながらのんびりと歩くのもよし。
美味しいものを食べて口元をほころばせ、人のぬくもりに触れ、今まで知りもしなかった何かを知り世界が広がる。

そんな旅をしていきたいものだけど、やっぱりわたしたちにはしがらみが多い。制約が多い。

だから、せめて、本の中で旅をしよう。
知らない世界が、手の中に広がっている。

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(おまけ)
写真たっぷりの完全版が、そう遠くない内に発売の模様!

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