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Book Review #7|ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

思わず目を引かれる、真っ黄色の表紙。
書名は聞いたことがある、という人も多いかもしれない。
それだけ、話題になった本。

舞台は、イギリス。でも、決して他人事じゃない。
これは、現代社会に生きるすべての人に、はっと気づきを与える本だ。

Book info

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
ブレイディみかこ 著
新潮社

現代をどのように生きるかを教えてくれる一冊

本書の概要については、新潮社のWebサイトに載る文章が、簡潔かつ本書がもつ雰囲気をそのままに表現している。

優等生の「ぼく」が通い始めたのは、人種も貧富もごちゃまぜのイカした「元・底辺中学校」だった。ただでさえ思春期ってやつなのに、毎日が事件の連続だ。人種差別丸出しの美少年、ジェンダーに悩むサッカー小僧。時には貧富の差でギスギスしたり、アイデンティティに悩んだり……。何が正しいのか。正しければ何でもいいのか。生きていくうえで本当に大切なことは何か。世界の縮図のような日常を、思春期真っ只中の息子と パンクな母ちゃんの著者は、ともに考え悩み乗り越えていく。連載中から熱狂的な感想が飛び交った、私的で普遍的な「親子の成長物語」。
新潮社

著者の息子は、日本人の母とアイルランド系の父をもつ中学生。
彼が通う中学校は、まさに「社会の縮図」。
人種の多様性、ジェンダー、貧困など、英国社会を構成する様々な要素が、学校という1つの環境の中に反映されている。

でも、それは遠く離れた英国だけの話なのだろうか?

世界中のどこでも、当然のことながら日本も、それらのトピックは無関係ではない。
むしろ、今後わたしたちは、いかにインクルーシブな社会を形成していくのかを問われるだろう。

それは、制度をつくる政治家や、そういったトピックを扱う団体に任せておけば良いとか、そういう話ではなくて。
わたしたち1人ひとりが、この多様性渦巻く社会にいかに向き合い、いかに共存していくのか、それが問われる時代なのだ。

だから、本書が伝える内容は「世界のどこかで起きている物語」ではなく、「わたしたちの物語」だ。

(ちなみにわたしは、たまたま2020年7月の都知事選の直後に本書を読んだ。投票率の低さ、包括を軽視どころかむしろ排他的な論調の候補者たちに一定の票が集まる現状に、個人的にはクラクラしていたときだった。だけどこの本を読んで、少なくとも自分は社会にどう向き合うかを考えさせられ、そして手段や影響の範囲はともかく、自分なりの考えを発信し続ける勇気がわいた)

中学生まっすぐで素朴な視点に揺さぶられる

著者の息子さんは、本書を読んだだけでも十分にわかる、非常に聡明な少年だ。
自分の日常でぶつかる様々な出来事に、疑問を発し、父や母と語り、そして自分なりの考えを形成していく。

だけど、それは決して重たい描かれ方ではなくて、著者の軽快な文章、ロックミュージックが盛んな英国ならではの(?)パンクさに、つい笑ってしまうこともある。
読み手としては、しんみりしたり、気まずくなったり、真剣に考えたり、笑ってしまったり、ほろりと泣けてきたり、とにかく忙しい。

しかし、だからこそ、現代社会の複雑さに尻込みせずに入り込めるのかもしれない。
「自分だったら…」と自分事に置き換えながら、自分なりに身のまわりの多様性に向き合うようになれるのだ。

誰かの靴を履いてみること

本書で印象に残っていることを1つ。

中学校でのシティズンシップ・エデュケーションの授業で著者の息子が教わったという「エンパシー」。

世界中で起きる様々な問題を乗り越えるには、自分と異なる立場や意見をもつ人々の気持ちを想像すること、つまり他人の靴を履くことが大切であるという。

「エンパシー」は「共感」、似た言葉である「シンパシー」は「同情」として訳されることが多いように思う。
著者自身も、後者のシンパシーは、自分で努力せずとも自然に出てくるものである一方、エンパシーは自分と異なる理念・信念をもつ人やかわいそうとは思えない立場の人々の考えを想像する知的作業であると書いている。

これこそ、多様性の中を生きるための本質ではないかと思う。

多様性というのは、別に人種とかジェンダーとかに限らず、異なる考え方や価値観など全て、つまり個々を尊重し合うことだと個人的には思うのだが、その「尊重」には必ず「エンパシー」がともなう。

相手の状況や考えを想像するからこそ、賛同はしなかったとしても受け入れることができるのだ。

あらゆるレイヤーでの多様性を認め合い、共生する社会であること。
1人ひとりが少しでも生きやすい社会であること。
それは、制度の面だけでなく、個々の考え方の成熟が不可欠で。
そんなとき、この「誰かの靴を履く」という行為は、とてつもなく重要なポイントになると思う。

「多様性は、楽じゃない。でも楽ばっかりすると、無知になる。」

無知は、罪ではない。
知れば良い、ただそれだけのこと。

でも、知ろうとしないことって、どうなんだろう。

知ろうとしないことで、他人を傷つけるかもしれないし、何よりも自分自身が生きづらくなるような気がする。

それだけ変化と多様性のある時代に、わたしたちは生きている。

だからこそ、知ることと考えることを辞めたくない、自分なりに社会に向き合いたいという気持ちにさせてくれる、そんな本だ。

息子と母ちゃん、そして時々(?)父ちゃんの視点が織り交ざるこの1冊、是非ともオススメしたい。

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