「元ちとせ 20th Anniversary Special Live」ライブレポート
2002年、シングル「ワダツミの木」でメジャーデビューを果たした元ちとせ。奄美大島の伝統的な音楽に根ざした歌唱スタイル、そして、奥深く、普遍的な思いを描いた楽曲は今もなお豊かに広がり続けている。この日のライブで彼女は、そのことをしっかりと示してみせた。
デビュー20周年のメモリアルイヤーを締めくくるスペシャルライブ(2023年2月4日/東京・EX THEATER ROPPONGI)。デビュー記念日(2月6日)の2日前に行われたこのライブには、ゲストとして折坂悠太、山崎まさよし、岡本定義(COIL)も出演。名曲、代表曲を通し、20年の軌跡を改めて実感できる素晴らしいステージが繰り広げられた。
開演を告げるSEは、どこか懐かしい波の音。元ちとせが三味線を持ってステージに登場すると、大きな拍手が巻き起こる。最初の楽曲は、奄美のシマ唄(民謡)「朝花節」。“始まりの唄”と言われ、座を清める役割を持ったこの曲によって、記念すべきライブは幕を開けた。
さらにバンドメンバー(鈴木正人/Ba、伊藤大地/Dr、石井マサユキ/G、ハタヤテツヤ/Key、神田智子/Cho)がステージに上がり、インディーズ時代のアルバム『コトノハ』から「コトノハ」「精霊」を披露。奄美民謡をルーツに持つ節回しとブルース、ロック、ポップスが混ざり合った2曲は、まさに元ちとせの原点と言えるだろう。
最初のMCではまず、「みなさん、拝(うが)みんしょうらん!」と奄美の方言で挨拶。「今日は20周年を締めくくるスペシャルライブ。20年、いろんな思い出がありますけれど、こうして集まってくださったみなさんに、心をこめて元ちとせの歌声を届けたいなと思って、この場所に立たせてもらっています」と語り掛けた。
この後は、四季を感じさせる楽曲をつなげた。アコースティックなサウンドとともに〈ずっとずっと/此処にいてあげる〉というフレーズが広がった「いつか風になる日」。儚い春の情景と“あなた”への深い想いが溶け合う「春のかたみ」。冷たくも美しい冬の空気のなかで、愛しい人に向けた切ない感情を映し出す「六花譚」。そして、日常のなかにある大切なものを想起させる「あなたがここにいてほしい」。ステージ後方のスクリーンには曲ごとに桜の花や大らかな海、美しい日差し、奄美大島の景色やCG映像などが映し出され、楽曲の世界観を彩った。中心にあるのはもちろん、彼女の歌声。ひとつひとつの言葉を丁寧に紡ぎだし、まるで自然のなかにいるような心地よさを感じさせるボーカルはまさに絶品だった。
「20年、たくさんの人との出会いに恵まれて、歌の旅を続けられてきたと思っています。コロナもあってライブが当たり前にできなくなって。みなさんの前で歌えるのはありがたいことなんだなと感じることもできました」という言葉のあとは、「ワダツミの木」「千の夜と千の昼」をはじめ、元ちとせの代表曲を数多く手がけた上田現(2008年に逝去)の楽曲を歌唱するコーナーへ。
まずは「羊のドリー」。クローン動物をモチーフにした歌詞、サイケデリックな雰囲気の音像によって、ライブの空気は一変。太古と現代を行き来するようなイマジネーションに溢れた「恐竜の描き方」、レゲエの軽快なビートと穏やかなメロディが一つになった「竜宮の使い」からも“元ちとせ×上田現”の唯一無二な世界が伝わってきた。「彼が生きていたら、この世界を見て、どんな素敵な曲を書いていたんだろう?と思います」という言葉も印象的だった。
さらに「新しい出会いの曲を受け取ってくれたらと思います」と最新アルバム『虹の麓』の収録曲も披露された。ガットギター、ウッドベースの響きとともに歌唱された「えにしありて」は、2021年7月に世界自然遺産登録された奄美大島の魅力をPRするために制作された「いのち、むきだし。奄美大島」CMソング。坂本慎太郎の作詞・作曲による「船を待つ」、長澤知之のペンによるアルバムの表題曲「虹の麓」からも、“歌手・元ちとせ”の新しい表情を感じ取ることができた。
ライブの後半では、元と交流のある3名のアーティストがゲストとして登場。まずは元と同じ音楽事務所・オフィスオーガスタ所属の岡本定義(COIL)。披露されたのは、バラードナンバー「青のレクイエム」(作詞作曲:岡本定義/映画「初恋」主題歌)。岡本はギターで演奏に参加し、貴重なセッションが実現した。続いてはシンガーソングライターの折坂悠太。「(元のカバーアルバム)「平和元年」に収録されたこの曲に衝撃を受けました」(折坂)という「腰まで泥まみれ」(原曲はピート・シンガーによる反戦歌)、そして、最新アルバム『虹の麓』収録の折坂の提供曲「暁の鐘」をコラボレーションした。
最後のゲストは、こちらもオフィスオーガスタの先輩で元が親しみを込めて“兄さん”と呼ぶ山崎まさよし。DIYが得意な山崎にリクエストし、この日の為に一緒に製作したという三味線スタンドも披露された(製作の模様は山崎のYouTubeチャンネル「craftpapa」で公開中)。「作ってくださいとお願いしたんですけど、“おまえがやれ”って言われて(笑)」という笑いの絶えないMCのあとは、元が自分の歌い方をみつけるきっかけとなった「名前のない鳥」を、元の三味線、山崎のアコースティックギターだけというスペシャル・バージョンで演奏。三味線、アコギ、二人の声が重なるシーンは、このライブのハイライトの一つだ。「これ、合うね!」という山崎も手ごたえを感じていたようだ。
サプライズの大きな花束を抱えた岡本が再びステージに登場し、岡本+山崎のユニット「さだまさよし」作詞作曲による「やわらかなサイクル」へ。奄美大島で制作されたこの曲を元、山崎、岡本の3人でセッション。「思いきり手を振って!」と元が呼びかけ、会場全体が温かい一体感に包まれた。
「みなさん、本当にありがとうございました! これからも一つ一つの曲を大切に、心をこめて届けていきたいと思います。奄美大島のことも含めて、きちんと見つめながら、たくさんの素晴らしいところを伝えていきたいと思っています」と語った彼女。「20年、ここまで歩んでこられたのも、デビュー曲があったからだと思います」という言葉に導かれたのはもちろん、「ワダツミの木」。奄美民謡のシマ唄、レゲエ、J-POPが融合したこの曲は、リリースから20年以上経った現在もまったく色褪せることなく、豊かな音楽世界を生み出していた。しなやかで力強いボーカルは、観客ひとりひとりの胸にしっかりと刻まれたはずだ。
鳴りやまない拍手に応え、元とバンドメンバーが再びステージに登場。「これまで出会ってきた人たち、初心、感謝の気持ちを忘れずに、私なりの“コトノハ”を届けていきたいと思っています。これからもどうか、受け取ってください」という言葉に対し、さらに大きな拍手が沸き起こった。
アンコールでは「私にとっても大切な曲」という「ひかる・かいがら」、そして、命の連なりの大切さを描いた代表曲「語り継ぐこと」を披露。大きな感動が広がるなか、記念すべきライブはエンディングを迎えた。
デビュー当時、“その声は、100年にひとり”と称された元ちとせの歌は、今もなお進化を続け、深みを増している。そのことを強く実感できる圧巻のステージだった。
Text:森朋之
Photo:福政良治(DRC)
元ちとせ 20th Anniversary Special Live
2023.2.4 EX THEATER ROPPONGI
GUEST:折坂悠太 / 山崎まさよし / 岡本定義(COIL)
BAND:鈴木正人(B) / 伊藤大地(D) / 石井マサユキ(G) / ハタヤテツヤ(Key) / 神田智子(Cho)
<SET LIST>
M1.朝花節
M2.コトノハ
M3.精霊
M4.いつか風になる日
M5.春のかたみ
M6.六花譚
M7.あなたがここにいてほしい
M8.羊のドリー
M9.恐竜の描き方
M10.龍宮の使い
M11.えにしありて
M12.船を待つ
M13.虹の麓
M14.青のレクイエム with 岡本定義(COIL)
M15.腰まで泥まみれ with 折坂悠太
M16.暁の鐘 with 折坂悠太
M17.名前のない鳥 with 山崎まさよし
M18.やわらかなサイクル with さだまさよし(岡本定義&山崎まさよし)
M19.ワダツミの木
EC1.ひかる・かいがら
EC2.語り継ぐこと
★このライブのセットリストをプレイリストでもお楽しみください!
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