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「第三の男」と衛生学

何となく、「第3の男」を久々に見たくなって、500円で買えますから買って、観た。


すると、最近、ナイチンゲールからの関連で、細菌学や衛生学の歴史をあさっていたので、この映画の歴史的背景について思いもらず含蓄ある形で鑑賞することができた。


●以下の内容には映画のストーリーの核心が含まれています●

この映画は、1949年に公開されているけれども、描かれているのは、第2次世界大戦直後、米英仏ソ4カ国共同統治下のウィーンである(共同統治は1955年まで継続されている)。

まだ町中に瓦礫があふれている一方、戦災を免れた古い町並みの地下には、驚くほど立派な、地下の迷宮ともいいたくなる下水道網が張り巡らされてもいるのですね。クライマックスがこの下水道網を舞台としていることは、大観覧車ほどには、一般には紹介されていませんけど(^^;)、映画をご覧になった方はおぼろげにはご記憶があるのではないかと思います。

上下水道の整備をはじめとする公衆衛生という点では、中央集権的なドイツやフランスの都市計画の方が、一度動き出すと「上からの強制」で、地方分権的で、上流階級の既得権の壁が厚かったイギリスより普及は早かったと、最近読んだばかりです。

ビスマルクの、今日でも間違いなく評価される業績のひとつが、この公衆衛生と社会福祉の領域なのだと。社会主義運動鎮圧と同時進行の「飴と鞭」政策ではあったのですが。

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そして、ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)のやっていたのは、実は闇商売で、しかも、ペニシリンを病院から横流ししてもらって水で薄めて売るというものでした。恐らくペニシリンそのものは占領軍から医療に優先的に供給されていたのだと思いますが。

占領時代の日本と同じで、当時は闇市の経済がなければ庶民の生活は実質的には何も機能しなかった。映画の中でも、初対面の人間から事情を聞き出す際の小道具として、煙草を差し出す描写が頻繁に出てきます。

すると、一本ではなくて、遠慮なく数本引き抜いていったりするわけですね。あまり吸っていそうもない庶民のオバサンでもそれをどんどんやっていたので、自分で吸うのではなくて、それを集めて闇で転売して利益を得る目的も大きかったのではないかと思います。つまり、チップ代わりの効果が大きかったのでしょう。

しかし、ペニシリンを水で薄めて詰め替えるというのは、その際に完全に衛生的な環境でなされていたわけでもなく、薬の変質ももたらしたでしょうから、細菌を殺すはずのこの薬が、逆に病気を蔓延させることになり、抵抗力がただでさえ弱っている多くの人の命すら奪っているのですね。

ちなみに、細菌を「殺す」、史上初の抗生物質であるペニシリンの発明は、イギリスのフレミングにより、1928年になされていますが、実用化可能な精製方法は1940年に別の人によって可能になったのです、つまり、第2次世界大戦にギリギリで間に合ったわけですね、

そのせいか、フレミングと大量生産可能な製品化に貢献した二人の学者のノーベル賞医学・生理学賞受賞は戦争が終わった1945年です。

ですから、この映画でペニシリンが取り上げられているのは、実はかなりのup to dateな話題ということになります。

ペニシリンはけがや手術後の細菌感染から食中毒、肺炎、梅毒に至る、幅広い範囲の細菌感染症に使用されてきましたが、耐性菌の出現、ペニシリン・ショックなどの副作用への懸念から、一時期のようにむやみやたらに使われることはなくなったのではないかと思います。

.....このことを確信をもって言えるのは、私が子供の頃(1960年代)、風邪にかかる度に、かかりつけのお医者さんは「ペニシリン打っとくね」と、毎回のように注射していたからです。

長じて(高校生ぐらいからかな?)、重たい風邪を引いても、お医者さんが「注射を打ってくれない」で飲み薬だけになったことに、私は何とも不満でした。注射をしてもらえないと本格的に治療してもらった気がしなかったのですね。

今や、予防接種の副作用について、厳しく論じられる時代になりました。

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.....などと、思いもよらない形で、今の私の関心と、この映画が結びついたのでした。

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