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『三人姉妹』のルール〜動かない三人姉妹を超えるには闘うしかない

作:アントン・チェーホフ 翻訳:神西清
初演:2015年3月、KAAT 神奈川芸術劇場中スタジオ
上演時間 75分

「再演する」と聞くとゾーッとする作品がある。
この2015年に作った『三人姉妹』である。もちろん、再演は嬉しいし、いいことだ。なぜなら再演するに足るクオリティーがあるということだからだ。
でも、ゾーッとする。
ゾーッとするものはゾーッとする。なんならサーッとなる。顔が。青くなる。やりたくないわけじゃない。正直に言えば「またあれやるのか」だ。
なぜそうなるかというと、運動量がハンパじゃないからだ。
(最初に言っておきますが、この文章、『三人姉妹』がどれだけしんどいかしか書いてません。)

再演時のキャッチコピー  

生き続けなければならない人間の、持て余された人生たちがそのまま運動量に変換され、充満する

うまいこと言うね。
いや、茶化しているのではなくて本当にそう思う。つまり、人生をより持て余している者がより運動しなければならない、と。まずい、『三人姉妹』には人生を持て余している者しか登場しない。しかも相当持て余している。大変なことになりそうだ。
ではなぜ運動しなければならないのか。
それにはまず、稽古の初期に戻らねばならない。

『三人姉妹』の創作の時系列を少し書いておこう。

2003 三人姉妹 初演
2004 三人姉妹 再演(クルイギンが足された)
2008 三人姉妹 再創作(大幅にキャストが変わった)
2015 運動量ハンパない三人姉妹 初演
2019 ハンパない三人姉妹 再演

私達はいつものようにルールを見つけるための稽古をしていた。何日も何日も。全然見つからなかった。
なぜか。2003年の『三人姉妹』が完成されていたからだ。ルールも世界観も。それはこういうものだ。
「三人姉妹が化粧台の様な物の上に乗り、微動だにせず客席を見つめている。姉妹の後方に服が大量に掛かっているクローゼットの様な所がある。そこから兵隊たちが飛び出してくる。あたかも姉妹の妄想の様に。そして化粧台から動かない女達と、その周りを徘徊する男達との対話が始まる……。」

……おもしろそう。
それが私達を苦しめた。
動かない三人姉妹は地点の代表作なんて言われてるし。以前とは違ったものにしたい、いや、しなければならない。異様なプレッシャー。ちょっと良さそうなルールが見つかっても「前の方がおもしろい」「動かない方が台詞が聞こえる」と何度も行き詰った。
ああ、旧三人姉妹の幽霊がちらつく。小手先のルールでやるより前のバージョンでやった方がいい。だってその方がクオリティーが高い。以前の動かない三人姉妹に戻りたい。戻ろうか、戻ろうよ……。もう完全に幽霊に取り憑かれている。

だったらもう全然違う物にしよう。止まってないで動こう!ということになった……というのはタテマエで、本当は真似をした。
このころ、演出の三浦は大学で演劇を教えていて、毎年試演会をやっていた。この年はロルカの『イェルマ』という作品だった。登場人物が家畜を飼っていて、三浦クラスではとにかく「家畜」というのがキーワードになっていた。
だったら全員家畜だ、歩行は四つん這いでいこう、家畜同士が出会ったら発言権を巡って、争いながら立ち上がることにしよう、ということになったらしい。
これが上手くいった。
持て余された学生の力がそのまま演劇に変換され、充満した。(茶化してません)

気を良くした演出はこのルールを三人姉妹に持ち込んだ。
大方の俳優は気を悪くした。
台詞言いながらあんなに動けないよ。ほとんどプロレスじゃん。
それになんで三人姉妹の登場人物が四つん這いしてプロレスするの。
俳優は詰め寄った。
しかし、そんなものは後付けでなんとでもなるのだった。
「人々が這いずり回り乱闘し崩折れる。男も女も酔っ払っている。それはまるで人生に酩酊したかのようだ」
ね。なんとでもなる。
ぐうう。
他にいいルールはない。幽霊も取り憑いている。渋々やることになった。
そして、オーリガもアンドレイもクルイギンも闘うことになる。

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「HELL稽古」という言葉が生まれたのもこの作品だ。
四つん這いし、格闘しながらの即興稽古。男も女も関係なく立ち技をやり寝技もやる。町の柔道場かここは。
それにアンダースローの床はデコボコなので(そういう加工の板材です)這っているとヒザが痛い。ヒザパッドを装着する。寝技をやるとヒジも痛い。ヒジパッドも装着。見た目はほぼバレー部になった。
柔道部かバレー部か分からない者たちが組んず解れつしセリフを喋る。即興は5分の時もあれば50分の時もある。格闘のルールを模索しつつ、組んでいる相手や状況に合ったセリフを選択し、喋る。
相当きつい。

ある時、1時間近く激しい試合を、いや、即興をやってクタクタになり、そのまま休憩かなと思っていたら演出が言った。
「はい、じゃあもう一回即興」
嘘でしょ……汗だくの俳優達に動揺が走り、えー、いやだやりたくない!と素直すぎる心の叫びも聞かれた。
「地獄、ですね。」
振り返ると客演で参加していた俳優が無表情のままそう呟いた。
いつしか、出口の見えない即興を「HELL稽古」と呼ぶようになった。心底、動かない時代の三人姉妹に戻りたかった。

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それでも柔道部もバレー部も退部しなかったのは、闘いながら台詞を発語することに大きな可能性を感じていたからだ。
想像して欲しい。柔道部の女子生徒が練習しながらこんなことを呟いていたとしたら。

思い出せないわ。イタリア語で窓をなんと言うのか、あの天井はなんと言うのか。……何もかも忘れて行く、毎日忘れて行く。だのに生活は流れていって、二度ともう返らない。

切ない。この子に一体なにがあったのか?気にせずにはいられない。

隣の畳では男性二人が寝技をしながら熱気とともに囁きあう。

ぼくの苗字は、三重なんですよ。つまり、男爵トゥーゼンバフ・クローネ・アリトシャウエルというんですが、僕はあなたと同じロシア人で、正教徒ですよ。ドイツ的なところは、僕にはほとんど残っていません。まあ強いて言えば、強情我慢なところぐらいで、それでもってあなたに、この通りうるさがられているわけです。

わたしには妻と、娘がふたりありますが、その妻というのが、病身な婦人である上に、そのほかまあ色々とむずかしいのでね。

何か事情を抱えた人たちがそこにいる。格闘しながらだと、どういうわけか内容が聞こえてくる。
私達は汗にまみれ、痣を作りながら半ば諦めとともに感じていた。
動かない三人姉妹を超えるには、闘うしかないと。

この作品は地点の代表作だと言われることがある。
動かない『三人姉妹』が旧代表作で、このアグレッシヴな『三人姉妹』が新しい代表作。
だがふと思う、両極端な代表作を受け止めるチェーホフの懐の深さが、一番ハンパない。

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余談‥‥地点は基本的に夜公演しかやらない。理由は色々あるが、体力が持たないからというのもある。しかしある事情でこの公演の千秋楽は、昼1回夜1回の2回公演だった。ある俳優が思った。
「死んじゃうかも」
同感だった。
私は公演のタイムテーブルを見る時、千秋楽が目に入らないように視野を狭めた。

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  ルール
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状態
・自立できない 自立歩行できない ひとりで立てない 壁や人に頼ってなら立つことができる・四つん這いで移動する
・任意で格闘することができる お互いに顔を見合ったら「ああ!」と、声をあげ、自分の顔を覆い、嘆き崩れて、相手から離れる
格闘のやり方に決まったものはない 基本はつかみ合い(キックやパンチ等はない)
ex.
相手を組み伏せようとする
相手を投げる
壁に叩きつける
逃れようとする
上に乗ろうとする 
持ち上げる
・壁にもたれると身だしなみを整える(乱れた髪や、服装を直す)
・壁を叩くと何らかの効果音が鳴る(柱時計、チャイム、大砲など)

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発語
・人と触れていないと喋れない お互いに顔を見合ったら「ああ!」と、声をあげ、自分の顔を覆い、嘆き崩れて、相手から離れる
・正面(客席)を見ても、格闘している相手を見ても発語できる

上演台本抜粋

0/壁 プリセット 
Mショスタコーヴィチ 
Mなりきり
8秒後アナウンス入る→非常灯消灯
(舞台上手奥より、群れが現れる)
(オーリガ、壁の手前に一匹でやってくる。壁をつたって立つ)

オーリガ ああ!
Mショスタコーヴィチ
オーリガ (しがみついてきたソリョーヌイに)今日、ああ!
オーリガ (しがみついてきたヴェルシーニンに)今日は怖ろ、ああ!
アンドレイ (壁を叩く「トントントン」)
SE 時計
オーリガ (しがみついてきたナターシャに)今日は怖ろしい日だこと。
(Mなりきり)
オーリガ (マーシャに)今日は暖かで、窓をあけっぱなしにしておいてもいいほどなのに、白樺
ヴェルシーニン ああ!
ソリョーヌイ ふん!
オーリガ はまだ芽を吹かない。
マーシャ ああ!
ナターシャ (笑い)
イリーナ きょう目がさめて、起きて顔を洗ったら、急にあたし、この世の中のことがみんなはっきりしてきて、いかに生くべきか
オーリガ ああ!
イリーナ ということが、わかったような
マーシャ (トゥーゼンバフに)今日
トゥーゼンバフ 今日
イリーナ ああ!気がしたの。ねえ
トゥーゼンバフ 今日は大いにのみましょう。
クルイギン ああ!
トゥーゼンバフ さ、一ついきましょう。
オーリガ 今日
ソリョーヌイ 今日はわざわざ昼寝をして来たんです。朝まで踊り明かす覚悟でね。
マーシャ 今日わたし、メランコロジーで、くさくさするの。
クルイギン 今日わたしは陽気です、まさに絶好の気分です。
オーリガ ああ!
ソリョーヌイ ふん!
マーシャ わたしの言うことなんか、気にしないでね。あとで話しましょうね。
トゥーゼンバフ ああ!
ヴェルシーニン 今日、僕は今日、夕めしをやりませんでした。朝からなにも食べていないんです。
マーシャ ああ!


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