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演る気スイッチと錬金術 小林洋平
アイデアなんてそうそう出ないですよ。
そりゃ、劇団結成したてで意欲に満ち溢れてたら話しは別ですけど、こちとら20年以上同じメンバーと、いやさ、演出となんか25年以上やってんですよ。どんなこと考えてるかもお見通しってなもんですよ。それでゲイジツを創作しなきゃいけないなんてプチ地獄ですよ。いやさ、なんだったらプチ取ったっていいですよ!
‥‥‥ハッ!!
ちょっと取り乱しました。言葉が荒くなってしまい、すみません。
コホン、もちろん私達はまだまだ意欲に満ち溢れていますし、メンバーとは毎回新鮮な気持ちで作品を作っています。演出の思慮深さには毎回驚かされ、皆と一緒に芸術に携われるなんて幸せです。天国です。
‥‥ウソ臭くなるのでこの辺でやめますが、半分くらいは本当です。
何が一番本当かと言われれば、「アイデアなんてそうそう出ないですよ。」です。
これは事実であり真実です。(このコラムの核です)
どうしても稽古が前に進まない時があります。
やる気にならない。どう作っていいか分からない。20年以上やってきたのにまるで演劇一年生です。ピカピカの、ではなくヨレヨレの、ですが。
しかし、作品は本番の日が決められているので、その日までに形にしないといけません。
でもやはり、稽古場のモードがオンにならない。スイッチが入らない。
そのスイッチを私達は「演る気スイッチ」と呼んでいます。(全然呼んでません)
演る気スイッチが入らない時は、立ち稽古とか即興稽古をやっても、てんで身が入らないので、A LA TABLE(ア ラ ターブルと言います)になります。
これは、テーブルにつくという意味で、つまり机上で演劇を組み立てる作業です。
稽古の最初期にはテキスト監査のためにずっとA LA TABLEです。そこではテキストを読み込んで、使う物と使わない物を分けたり(Oui Non ウィ ノンと言います)誰がどの台詞を言うか割り振ったりします。
しかし、立ち稽古に入ってからまたA LA TABLEに戻るのは、かなりまずい状況です。
立ち稽古できない、立つことの意味が分からない、どうして俳優は立つのか。
演劇は理詰めで作るだけではできませんが、そういうあやふやな状態でも進みません。
そこで机を囲むわけですが、コンセプトやルールなどのいいアイデアはそうそう出ませんから沈思黙考を気取った、ぼんやりとした時間が過ぎていきます。
『コリオレイナス』(2012/13/14)を例にとって説明しましょう。
この作品は、シェイクスピア最後の悲劇といわれるもので、結構な大作です。普通に演ったら5時間くらいかかります。
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その大作を前にして、やはり私達は机を囲んでぼんやりしていました。一旦は立ち稽古をしたものの、行き詰まり、出戻りA LA TABLEになったのです。演出が言います。「だめだ、このままでは埒が明かない。せめてこの戯曲で何が描かれているか把握しよう」そこで、場面ごとに以下の項目を全て洗い出しました。
・場所
・状況
・エッセンス(批評)
・核
『コリオレイナス』は29の場面があるのですが、全部表にしました。(その表は結構圧巻です。)
そして、そのタイトルの通りの事をしていきました。
状況に「余興」と書いてあったら道化っぽく余興をし、エッセンスに「土下座ショー」と書いてあったら舞台上を土下座して回ります。
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机上で決めたことに従って機械的に立ち上げていき、それを後から手直しをして完成させました。つまり、半自動的に作品ができたのです。(半)自動的!これです!これを目指しているのです!ルールを作っているのも、自動的に作品ができないかと常々思っているからなのです!ルールに従って進んで行けば、作品ができる。いいですね。最高です。(その後『コリオレイナス』はイギリスのグローブ座で初演し、拍手喝采を浴びる事ができました(涙))
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しかしお分かりの様に、そうは問屋が卸しません。
ルールがあれば、自動的に作品が進んでいくというのは、まさに机上の空論。存在しない永久機関。ルールという小人が夜中にせっせと仕事をして、朝起きたら作品ができていた、なんて事はないのです。
そもそも『コリオレイナス』は物語がしっかり書かれているので、その場面のエッセンスを抽出して繋げることで「半自動的」に作品ができましたが、他の作品では上手くいくか分かりません。
それでも「自動的」という演劇錬金術は私達の心を惑わします。そんな楽な方法は無いと分かっていても、なんとか自動的にできないものかと腐心するのです。
稽古の行き詰まりという点では『ハムレットマシーン』(2019年)の時も酷かった。
演る気スイッチが戯曲を開いた途端に煙を吹き上げて壊れました(難解なのです)。それでも作品は作らなければいけないので、なんとか楽して「自動的」にできないものかと知恵を絞りました(楽に関しては能動的です)。
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まず、役者の体ひとつではスイッチが馬鹿になったままですので、一人につき、ひとつの物を持つ事になりました(ラッパ、つぼ、傘などです)。これで少しは何か演ろうか、という気になります。
そして延々と即興。もらったアイテムをどうやって使うか、そのサンプル出し。サンプルが出切った所でA LA TABLE。
机の上の超難解な戯曲を前に、メンバーが原作から受けたイメージを10個ずつ出し合い、そのイメージを場面のタイトルにして稽古をしていきました。(『ハムレットマシーン』のルールを参照して下さい)
ここで初の試みだったのが、タイトルを見て「このシーンは4分」と分数まで決めた事です。タイトルだけ見てシーンの長さを予測する!
なんたる逆算!なんという能力!(錬金術が望み薄だと分かると、ついに超能力まがいの事をやり始めました)
皆、前々からこの作品は70分か75分くらいの長さが適当だろうな、となんとなく思っていました。
そして、その事は気にせず分数を割り振っていき、全てのシーンの予測した分数を足したら、なんと75分でした!
OH MY GOD!神が降りてきました!
この通りに作っていけば75分の作品ができます!(こんなどうでもいいことで神様が降りてきて、変な能力だけ上達していきます)
私達は決めたタイトルと分数で作っていきました。そうして、完成‥‥と言いたいのですが、これも問屋が卸しません。ハイナー・ミュラー(作者です)が卸してくれませんでした。彼の隠喩や比喩を使った一筋縄ではいかない言葉と格闘する事になります。
やはり戯曲と正面から向き合わないと、作品はできません。
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それでも懲りずに、スイッチが壊れがちでアイデアの泉も涸れがちな私達は、隙あらば演劇が「自動的」にできないものかと、稽古場という実験室で錬金術師の様に目を光らせているのでした(全然あきらめていません)。
〜おまけ〜
ここで特別に、「アイデアなんてそうそう出ない」現場をお見せしましょう。
これは『ミステリヤ・ブッフ』(2015)の稽古場の様子です。
稽古始めから椅子を使うことは決定していました。その試行錯誤の様子です。
どうぞご覧ください。
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この試行錯誤の連続の果てに、新作が出来上がるのです。
そして今(2024.8)新作『知恵の悲しみ』の稽古場がまさにこの試行錯誤の現場になっているのです。
本番は確実にやってきます。そして本番が開けたら稽古の記憶は思いのほかすぐ忘れられ「意外とスッとまとまったね」なんて言ってしまうのです!(早く言いたい…!)