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地点の稽古場でよく出てくる用語集 小林洋平

いわゆる「業界用語」というものがあります。
その業界特有の言葉。
例えば、料理業界では古い食材を「アニキ」と呼び、本屋業界では書店で返品不能となってしまった本を「ショタレ」と呼ぶそうです。
舞台業界の言葉もけっこう特殊です。普段使わない言葉もかなりあります。

上手、下手。
じょうず、へた、ではなく、かみて、しもて、と読みます。客席から舞台を見て右が上手、左が下手です。
これはある程度市民権を得ていると思いますが、オオグロ、サブロク、などはどうでしょうか。シズ、コロガシ、ジガスリ……となってくるとなかなか難易度が高めです。

初めて演劇の現場に行って、緊張しているところに分からない用語が飛び交ったらパニックになってしまうかもしれません。

舞台上の物を片付けたりすることを、はける、とか、わらう、と言います。「そのサブロク、上手にわらって」と言うと「そのサブロク(3尺×6尺の平台)、上手に片付けて」という意味になります。
しかし、緊張していると何が何だか分からなくなり、ただその場で笑ってしまった……という笑えない笑い話もあります。

あと、固定することを「殺す」と言います。ずいぶん物騒です。
「その人形(パネルなどを立たせる道具)パネルに殺しといて」
と言われたら、知らない人はどう行動するのでしょうか。
普段使っている言葉でも、特殊な使われ方をすると途端に分からなくなるものです。

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地点の稽古場でも稽古場特有の言葉、と言うものがあります。
何年も稽古してきて、この場合はこう言う事にしよう、となんとなく決まった言葉や、単語の意味やニュアンスを全員が知っているから理解が早い言葉などです。

はたから聞いてると「何言ってるの?」とか「ふざけてるの?」と思ってしまう様な言葉もあります。
しかし、当人たちはふざけてなんかいません。いたって真面目に使っています。字面が面白くても、ずっと使っているから当人たちは面白くもなんともないのです。

そこで、地点の稽古場でよく出てくる用語集とそれを使った例文を書いてみました。
少しでも稽古場の雰囲気が伝われば幸いです。
もう一度言いますが、ふざけてはいませんのであしからず。

//// **地点の稽古場でよく出てくる用語集 **////

ポチョンくん‥‥舞台上で孤立し、内向しているさま
シンキング‥‥頭の中が回転している状態 こめかみに指をあてることが多い
後頭部‥‥思念で発語する感じ 均一な高音になる傾向がある
リエゾン‥‥文末と文頭の言葉を繋げること 
クエスチョンして‥‥語尾を上げること
口パク‥‥声を出さずに口を動かすこと 周りの音が大きい時にすることが多い
ムンク‥‥目を見開き、口を縦に大きく開けるさま
ヒマ‥‥やるべきものや観るべきものがなく時間を持て余すこと
エアー‥‥架空の物(人、声、物)を対象にして演技すること
乱れサスーン‥‥髪や衣服をいい感じに乱れさすこと
汚い‥‥見栄えが悪いこと 声が重なり聞こえにくいこと
ウイスパー‥‥息が多く混じった声 強いウイスパーをウイスパー絶叫と言う
時間差‥‥動作や発語のタイミングをずらすことによって相手の予測を裏切ること
油地獄‥‥地面がツルツルで立てないさま
恐竜‥‥反応を遅らせること 
一行詩‥‥単体でポエットとして成立し、機能できるような台詞や言葉
持ち台詞‥‥自分に分配された台詞
Oui Non ウィノン‥‥使う台詞と使わない台詞を分けること
アラターブル‥‥机上で作業すること
反省‥‥壁に手をついてうな垂れること 嘆きの壁ともいう
サンパティック‥‥感じのいい、好感が持てること
遅くない?‥‥発語のスピードや動作が遅いこと 受け芝居の反応が遅いこと  
ワントップ‥‥作品の中心人物が一人であること
ツートップ‥‥作品の中心人物が二人であること
基軸‥‥作品の中心となる人や事柄
運命‥‥劇の中で待ち受けるドラマ、幸福や不幸、将来のなりゆき
入射角‥‥物事を考える方向性、切り口
イニシアチブ‥‥主導権 台詞を発語する権利
イタリアン‥‥早口で台詞の確認をすること
ドイツ‥‥台詞を言いつつ、動きや場所の確認をすること

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////** 用語活用編** ////

〜稽古場でのひとコマ〜

演出 (俳優に)そこポチョンくんで、そうそうもっとポチョンくんでもいいよ。ポチョンしながらシンキングしてみて。
それで後頭部で喋る。そう、リエゾンもして、間(ま)の前はクエスチョンかけて。時々、口パクになりつつ、客席見るときはムンク!
うーん、それだけだとヒマだから左手でエアーの槍持って、もっと髪が乱れサスーンで。
それだとちょっと汚いな、もっと前髪乱れサスーンできない?そうそう。その状態でムンクしながらウイスパーしてみて。
うーん、ウイスパーじゃ弱いな、ウイスパー絶叫は?
おお、いいね。それで、他の俳優と時間差で立ったら、急に油地獄!
そう!油地獄してる時はけっこう恐竜で。うーん、もっと大きい恐竜だな。
それだと大きすぎるよ。そう!
油地獄の時のいい一行詩ない?え、ないの?持ち台詞は?あるけど、ろくなのがない?もう一回ウィノンする?でもアラターブルしてる時間ないな。
じゃ、口パクしながら恐竜油地獄でいいか。
それで油地獄のまま壁伝いに立って、立ったらそのまま反省。そう、嘆きの壁をしつつ、ウイスパー絶叫。
それで、ウイスパー絶叫がだんだんサンパティックになってきて、客席見たらまたムンク!
うーん、ムンクになるまでちょっと遅くない?
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

〜稽古場でのひとコマ〜

演出 今回、ワントップかツートップだとしたらどっちだろ?
俳優 ワントップだと父がメイン?娘?どっちが基軸の方がいいかな?
演出 ツートップだと親子の会話がメインになるってことか
俳優 娘のワントップじゃない?ウィノンした結果は娘の台詞の方が多いから。
演出 でも娘基軸だと運命背負ってないから入射角甘くなるよ。父は運命背負ってるよ。父のワントップじゃだめ?
俳優 でも娘が発語のイニシアチブとってないと訳わかんなくなるよ。話の中心、娘なんだから。『かもめ』のトレープレフとか『コリオレイナス』のコリオとか、ワントップにするんだったら分かりやすい基軸の方がいいよ。
演出 父のワントップも分かりやすいと思うけどな。あまり喋らないでドーンと中心にいる。
俳優 それワントップじゃないよ。ただの無口なセンターだよ。
演出 あ、そう?
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

〜小屋入りしてからのひとコマ〜

演出 (俳優に)通しの前に楽屋でイタリアンするよ。
え?ドイツしたい?
じゃあ、椅子どけてドイツにする?まあ、でも楽屋でドイツすると高さがわかんないから、とりあえずイタリアンでいいんじゃない?
え?椅子に乗ってドイツの方がいい?
危なくない?イタリアンでいいよ。頭の中でドイツすれば?
え?できない?
じゃあ、やりたい人は椅子に乗らないで高さなしのドイツにする?
え?それじゃドイツの意味がない?
じゃあ、やっぱりイタリアンしかないよ。脳内ドイツイタリアンで。
え?実際の舞台でドイツすればいいって?
それじゃただの場当たりだよ‥‥‥。イタリアンやるよ〜。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

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いかがだったでしょうか。
当然、誇張して書いているところはありますが、大体こんな感じです。

最近稽古場でナウシカという言葉がよく出てきます。
もちろん、「風の谷のナウシカ」ですが、これは運命を背負ったヒロインの代表として使われている様です。
ナウシカが用語集に追加される日も遠くはないと思います。
その時はナウシカを使った壮大な例文を書きますので、またよろしくお願いします。





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