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『グッド・バイ』のルール〜音楽とともに台詞は発語できるのか?

地点『グッド・バイ』
原作:太宰治
初演:2018年12月、吉祥寺シアター
上演時間 75分
音楽:空間現代

今、これを書いているのは『グッド・バイ』の初演、2018年12月の約1年半後なのだが、ルールがさっぱり思い出せない。
なんとなく作品のイメージは分かるのだが、細部のルールがさっぱりだ。
複雑なのだ。
ものすごく手の込んだことをしている。当時の台本を読んだら、台詞がすごく入り組んでいる。台詞中に絶えず他の人が合いの手を入れている。色んな作品の言葉が入り乱れている。(ちなみに、この作品は『グッド・バイ』となっているが、遺作の「グッド・バイ」だけではなく、太宰の全ての作品からのコラージュである。)この作品も再演する時に頭を抱えるタイプだ。
なぜこうなったのか。

稽古の初期はいつものごとく汗だくになって動き回っていた。
その時は確かジャンプしていた。ジャンプ中に作中の人の名前を叫んでいた。「三田くーん!」みたいに呼びかけていた。それはいい。
その後、当然台詞を喋ってみようということになる。ジャンプして台詞。着地すると喋れない。いいぞ、台詞を分断できる。と思っていた、が、全然喋れない。そりゃそうだ、飛んでる時間なんてせいぜい1秒か2秒だから、一言で終わる。名前くらいがせいぜいだ。さすがに分断しすぎだ。5秒くらい飛べれば話しは別だが、そんなに飛んでいられないから、もう一回喋ろうとするとジャンプするしかない。そして一言。もう一回ジャンプ。一言。ピョンピョンピョン‥‥‥。ぜぇぜぇぜぇ。
どう考えても無理だろう。
もっと太宰の台詞聞きたいだろう。
分断しすぎても駄目なのだ。それに気づくまでに1週間以上かかった。ジャンプして台詞を喋る、このハジけ具合が太宰に合っていた。合ってはいたが、体力が追いつかなかった。こんなことあるんだ。やりたいことがあるのに体力のせいで断念しなければならないことが。
あります。無理です。できませんでした。
2年くらい稽古すればそういう体になって(どんな体だ)楽々と発語できるのかもしれないが、そんなトレーニングをしている時間はない。
しかしこの熱量は維持したい。

そうだ、音楽だ。
私達には心強いパートナーがいるじゃないか。空間現代。
耳を澄ましました。彼らの奏でる音楽に。
♪〜
「……ノリがいいな。」
「いい感じにノリがいいな。」「ノリノリだ!って感じの一歩手前がお洒落だな。」
「どうする……。」
「このお洒落さは台詞を分断するって感じじゃないな。」
「激しく動くって感じでもない。」
「とりあえず、グッド・バイって音楽に合わせて言ってみるか?」
「……そんなんでいいのか?」
「分からん、とにかく言ってみろ。」
「わかった……おい、意外と難しいぞ。」
「なに?……おいホントだ。」
「こんな感じで言えば……だめだ!合わない!」
「いやこのタイミングで……全然だめだ!」

と、熱中して作ってなんとかグッド・バイというタイトルだけは言えるようになったのだが、はたと気づいた。
グッド・バイしか言えてない……。
「じゃ、グッド・バイのリズムで台詞を言ってみるか?」
「なに、本気か。いいか、いくぞ。」
「……おい、まだるっこしいぞ。」
「……確かにまだるっこしい。」
「だめだ、グッド・バイのリズムではグッド・バイしか言えない!」
やはり、グッド・バイしか言えてない……。

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途方にくれた。
なんとか台詞を言えるようにルールを模索した、が、ジャンプしていた時代の熱量を知っているので、普通に台詞を言うと物足りない。どうにかして動かないで熱量を上げられないか。
そうしてできたのが、「グッ」「ド」「バイ」を3つに分け、掛け声として台詞に織り交ぜていくルールだ。そこに合いの手が加わり、より複雑に、スピーディーに、リズミカルに台詞が飛び交う事になった。

この作品は、この時期の地点の新作に珍しく運動量が少ない。(前作が『山山』で前々作が『正面に気をつけろ』だ)
しかし、動かないでも汗をかく、込み入った台詞どうしがぶつかり合うのではないかと手に汗握る。
俳優は手に酒瓶を持って芝居している。酒瓶が滑り落ちるのではないかと、また手に汗握る。
それは脂汗か、冷や汗か。
どのような汗にしても、地点の芝居で汗をかかないことはない。


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ルール
///////////
状態
・椅子またはカウンターに座っている
・酒瓶を持っている
・音楽にノッている
・酔っている
・客席を見ている

掛け声
・台詞が発せられる時に、ある決まった周期で、音楽に合わせて割り振られた「グッ」「ド」「バイ」を言う
・下手から3名が「グッ」中央の2名が「ド」上手の2名が「バイ」
・それぞれの「グッ」「ド」「バイ」の時、酒瓶を掲げる
・「グッ」「ド」「バイ」は時として「I」「LOVE」「YOU」になる
・台詞の一巡が終わると「グッ・ド・バイ」の掛け声が入る

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発語
・発語は常に客席から向かって左(下手)から右(上手)に流れる
・客席に向かって発語する(呼びかけのイメージもある)
・音楽が鳴っている時に発語する
・発語中に音楽が止まると、全員「ああ!」と言って絶望して酒瓶を置く
・台詞を言うのは「グッ」グループ、「ド」グループ、「バイ」グループの順番で、
「グッ」グループには(Yoh)(Sie)(Dai)
「ド」グループには(Abe)(Yuk)
「バイ」グループには(Kro)(Koj) がいる

(Yoh台詞)→(Abe台詞)→(Kro台詞)「グッ・ド・バイ」 これで一巡
(Sie台詞)→(Yuk台詞)→(Koj台詞)「グッ・ド・バイ」
(Dai台詞)→(Abe台詞)→(Kro台詞)「グッ・ド・バイ」と続く
「グッ」グループが三人なので少しずれていく

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合いの手

・台詞を発語している俳優の上手隣りの俳優が、直前に聞こえた台詞から拾ったフレーズを合いの手として挟み込む
・台詞を発語していた俳優と、合いの手を入れていた俳優は、台詞が終わったら絶望して酒瓶を置く

曲が変わっていくと、ルールも変容していく
ex.
曲C 一人が喋り終わると、「グッ」「ド」「バイ」の掛け声が入る
その際、発語が終わった俳優と、それに合いの手を入れていた俳優と、次に発語する俳優と、それに合いの手を入れることになる俳優、計4人は静止
つまり「グッ」「ド」「バイ」の掛け声が歯抜けになる
ex.
「グッ」「ド」
「グッ」「バイ」
「グッ」

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空間現代の作曲メモ
(ドラムの山田君に書いてもらった作曲メモです。)

・ファッツァーなどの過去作品などで用いられた、俳優の発語を分断するような音楽は使わない方がいいのではないか。
・太宰の暗いムードに流されず、明るくノレる音楽がいいのではないか。
・ただノッてるだけだとすぐに飽きるので、微妙に変わり続ける必要があるのではないか。
以上のことを念頭にとりあえずA, B, C, Dという4つの異なるスピード、リズム感のフレーズを作り、地点との稽古に臨んだ。
俳優は音楽に合わせてとにかく「グッ・ド・バイ」と叫び続けている。
こちらは音楽を止めたくなる。音楽が止まると「グッ・ド・バイ」も無くなる。
しかし音楽が止まっても(バンドと観客の)身体にはまだリズム感が何となく残っている。
そのリズム感が無くならないうちに音楽を再開する。
再開すると音楽が微妙に変わっている。
フレーズの長さ、停止&再開のタイミング(台詞きっかけ/音楽の周期きっかけ)、再開後の微妙な変化、フレーズ自体の変化
この組み合わせでバリエーションをとにかく作ることで、飽きずに音楽にノリ続けることができることを目指した。

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上演台本抜粋

( )の中の台詞は合いの手
「グッ」「ド」「バイ」は掛け声                   
Kro 上品ぶったって、ダメよ。あなただって、いつも酒くさいじゃないの。いやな、におい。へんねえ。また酔った振りなんかして、ばかな真似をしようとしているんじゃないでしょうね。あれは、ごめんですよ。ハロー、メリークリスマス!(7回目の長い間)
Abe 三田君!
全員 「グッ」「ド」「バイ」
Abe 三田君!
全員 「グッ」「ド」「バイ」
(音楽再開)
Yoh すみません、生まれてすみません(Sie へんねえ)。あともう言うことはない(Sie へんねえ)。失敬する(Sie へんねえ)。みんな馬鹿野郎ばっかりだ。馬鹿野郎(Yoh&Sie ああ!)
Abe 私は君を、裏切ることは無い(Yuk ハロー)それから(Yuk ハロー)、と言いかけてこれも言いたくなし(Yuk ハロー)。もう一つ言える。(Yuk ハロー)私を信じないやつは、ばかだ。(Abe&Yuk ああ!)
Kro あなた(Koj それから)カラスミなんか好きでしょう(Koj それから)。酒飲みだから(Koj それから)。安くしてあげるったら。(Kro&Koj ああ!)
全員 「グッ」「ド」「バイ」
Sie 私が君を、どのように、いたわったか(Dai カラスミ)、君は識っているか(Dai カラスミ)。どのように、いたわったか(Dai カラスミ)。どのように、賢明にかばってやったか(Dai トンカツ)。お金を欲しがったのは(Dai カラスミ)、誰であったか。(Sie&Dai ああ!)
Yuk けさ(Kro 識っているか)、とても固いするめを食ったものだから(Kro 識っているか)、右の奥歯がいたくてなりません(Kro 識っているか)。しつれい。僕にはねえ(Kro 識っているか)、ひとの見さかいができねえんだ。めくら(Kro 識っているか)。……そうじゃない。僕は平凡なのだ(Kro 識っているか)。見せかけだけさ。(Yuk&Kro ああ!)
Koj やあ、また僕の悪口を書いている(Koj どのように)。エピキュリアンのにせ貴族だってさ。こいつは、当っていない(Koj どのように)。神におびえるエピキュリアン、とでも言ったらよいのに。(Koj ああ!)
全員 「グッ」「ド」「バイ」
Dai 小説かきあげた(Abe 太宰です)。こんなにうれしいものだったかしら(Abe 太宰です)。読みかえしてみたら(Abe お)いいものだ(Abe お)。二三人の友人へ通知(Abe お、お、お)。これで、借金をみんなかえせる。(Dai&Abe ああ!)
Abe 自分は隣人と、ほとんど会話ができません(Yuk 太宰です)。そこで考え出したのは、道化でした(Yuk 治です)。それは(Yuk 治です)、自分の、人間に対する最後の求愛でした。自分は(Yuk 太宰です)、人間を(Yuk 太宰です)極度に恐れていながらそれでいて、人間を(Yuk 太宰です)、どうしても思い切れなかった(Abe&Yuk ああ!)
Kro 「ただ、あなたについて歩いていたら、いいの?(Koj うれしい)」「そんなら、よしたら、どう?(Koj うれしい)私だって何も、すき好んで、あなたについて歩いているんじゃないわよ。」(Kro&Koj ああ!)
全員 「グッ」「ド」「バイ」

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