ポトフ 美食家と料理人(感想)_愛する人のために技術を受け継ぐこと
『ポトフ 美食家と料理人』は2023年に日本公開のフランス映画で、監督はトラン・アン・ユン。
料理のシーンは美しく官能的だが物語はけっこう地味。だけれども中年男女が料理を通して互いを必要とする関係には心へ刺さるシーンが確実にあった。
以下、ネタバレを含む感想などを。
絶妙な関係性の二人
19世紀末のフランス。森の中に佇むシャトーで暮らす美食家ドダン(ブノワ・マジメル)と、料理人のウージェニー(ジュリエット・ビノシュ)。
ドダンがレシピを伝えて、ウージェニーが調理をするという役割分担は強固な信頼で結ばれており、同じ家に住む二人には男女の関係もあるのだが結婚はしていない。
ドダンは幾度となくウージェニーへ求婚するも断り続けられている。
夜にウージェニーの寝室を訪れのを事前に伝えるも、鍵が開いているか否かはノックすれば分かるとはぐらかすやり取りから、恋愛関係の主導権はウージェニーが握っている。
男女の関係もあるのになぜ求婚に応じないのか。もちろんウージェニーもドダンへ好意を抱いているものの、料理人としての強いプライドを持つ自立した女性だからドダンとは対等な立場でいたいと考えているのかもしれない。
親密ではあるもののそれぞれが自立し、互いに依存しない絶妙な空気感が醸し出されており、それはこの二人の俳優がプライベートでも結婚して破局した経緯があるからこそかも。
芸術作品のような料理
冒頭の調理シーンでのシークエンスがため息の出るほど美しく、映像作品としても完成度が高い。
裏の畑で野菜を収穫し、わざわざ井戸から汲み上げた水で洗う。肉は丁寧に下ごしらえをし、薪の火を使いながらいくつもの鍋やフライパンを駆使してコース料理を同時並行で煮たり焼いたりする調理方法は現代とは比べ物にならないほど手間が掛けられており、長回しによってテンポ良く映し出されるから見ていて飽きない。
盛りつけられた料理は彩り豊かで立体感があり、視覚を楽しませるひとつの色彩芸術品のようで、素朴な装飾があしらわれた器も料理を引き立てている。
料理は器に盛り付けて終わりではなく、テーブルに置いて来客の目を楽しませてからそれぞれの皿に切り分ける工程があることで、食べるまでの期待感がさらに高まる。
それらの料理を口へ運んで味を噛み締め、雪で冷やしたおいたとっておきのワインが混ざり合うことで口腔内の感覚が幸せに包まれる。
高級フレンチだから食べたことの無い料理ばかりで、私にはどんな味なのか想像もつかない。
おもてなしというのは、良かれと思ってやったことであっても必ずしも相手に刺さるとは限らず、相手への思いやらないが無いと伝わらない。
しかし美食家ドダンによって考え抜かれた一連の料理とワインが、才能と経験を持つウージェニーによって仕上げられた料理が美味しいに決まっていることは映像から伝わってくる。
料理を芸術作品のように扱う映画では『バベットの晩餐会』を思い出すが、あちらは禁欲的な生活を送る寒村にて、人生でたった一度だけ味わう豪華な晩餐に一撃必殺の高揚感があったが、本作ではドダンとウージェニーの関係性も相俟って料理が官能的。
言葉少なく身体を求める
食欲を満たしたら性欲を満たしたくなるわけだが、事前に「今夜寝室をノックしても?」と自信の無さげに訊くも、ウージェニーは「ノックしたら開くかどうか分かる」とつれない。
2023年公開時点でジュリエット・ビノシュ59歳、ブノワ・マジメル49歳と若く無い男女だが、こんなやり取りから何十年と一緒にいてもなお、身体を求め合う美食家と料理人を演じる二人の性愛が想像されてなんともエロい。
背中を向けて身体を洗いながら、振り向きざまに笑顔でこたえるウージェニーの裸体をゆっくりと眺めているシーンには、これから起きることへのドダンの期待感が伝わってくる。
さらに、結婚指輪を受け取った夜に裸でベッドに横たわる姿からは、背中を向けながらもドダンを受け容れているウージェニーの意志も感じられた。
純粋に行為を楽しむためなのにいやらしさが無いのは、どちらか一方が気持ちよくなるのではなく、互いに身体を委ねること、つまり相手を思いやる心が料理同様に想像されるからかも。
料理を受け継いでいくこと
本作の物語が男女と美食による官能的な作品だけでないのは、後半にウージェニーが突然亡くなり、まだ幼いポーリーヌの存在が強い意味を持つため。
ウージェニーはアントナン・カレームを尊敬しており、ポーリーヌを料理人にすることへ執着していた。
また最後の回想シーンで大事な質問だと前置きしたうえで、ウージェニーはドダンにとって「料理人」なのかそれとも「妻」なのかを問うシーンがある。
問われたドダンが目をそらして逡巡する様子を見るに、恐らくどちらかを決めるものでも無いという思いがあったのかもしれない。
しかし「料理人」という回答に満足した表情のウージェニーからは料理人としての強い矜持があり、それを誰かに伝承しようと考えていたことが想像される。
芸術作品のように研ぎ澄まされた料理をつくりあげるため、歴代の料理人たちも、レシピを見ただけでは伝えることの出来ない繊細な味覚や技術を誰かに受け継いできたのではなかろうか。
それをウージェニーが出来なくなったから、代わりにドダンがその意思を引き継いだ。
愛する人を喪ったとしても残されたドダンの人生は終わらず、だからこそ愛した女性が望んだことを叶えようとする行為こそ尊く、大人の恋愛といえると思うのだ。
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