見出し画像

ライフ・アクアティック(感想)_架空の海洋生物が愛らしい怪作

『ライフ・アクアティック』は2005年日本公開の映画で、監督・脚本はウェス・アンダーソン。細部までつくりこまれた映像と、少しズレた笑いどころ満載のコメディで、家族の再生がテーマになっているのは前作同様。
以下、ネタバレを含む感想を。

冒険家スティーヴと疑似家族

スティーヴ・ズィスー(ビル・マーレイ)は世界的に有名な海洋学者にして、映画製作集団”チーム・ズィスー”のリーダーでもある。

映画祭で上映された新作は、探検中にチームの長老エステバンが体長10mもある”ジャガーザメ”に喰われたという悲劇的な内容だが、ジャガーザメが映像に映らないこともあってインチキくさい仕上がりに評判は不評。続編を撮りに行くための資金調達がままならない状況だった。

ズィスー作品には9年間ヒットが無く、出資金を募るために船上パーティーを開いたところへスティーヴのかつて付き合っていた女性の息子を名乗るネッドがやってきてチームに加わる。
そうして銀行による融資とネッドの差し出した遺産によって、チーム・ズィスーはジャガーザメへ復讐するため探査船ベラフォンテ号で海へ出ることになる。

チーム・ズィスーはスティーヴが家父長のような役割で、妻エレノアは頭脳明晰でチームのブレイン的な存在。チーム・メンバーはその子どもたちといった体裁で、クラウスのようにスティーヴを崇拝する者までいてチームはまるで疑似家族のよう。
さらに雑誌記者のジェーン、融資した銀行の監視員としてビルも乗船するが、エレノアはスティーヴの態度から親友エステバンの死に責任を感じていないのを感じ取って仲間を危険に晒す姿勢や、ネッドの遺産を取ったと非難して乗船しなかった。

崩壊の危機にあるチーム・ズィスー

スティーヴという人の性格は短気で、腕っぷしはめっぽう強く学者なのに海賊を倒すために銃を持ってアジトへ殴り込んだりと好戦的なところもある。
他人の悪口に傷つく精神的な脆さもあるが、チームリーダーとしては強圧的だからチームメンバーの忠告に耳を傾ようとない。

女性にダラしないところがあって妊婦のジェーンを口説こうとするし、ジェーンがネッドに気があると知ると嫌がらせをするような嫉妬深さもある。さらに、スティーヴはネッドが産まれたことを知っていたのに捜しに行かなかったりと父親としての態度にも疑問がある。
(エレノアはスティーヴが長い潜水生活のせいで無精子と言っていたが、ネッドの母と付き合っていたのはエレノアと出会う前のことのため、ネッドが実の子どもか否かは判明しないまま)

そんな問題だらけのスティーヴはしかしチーム・メンバーに愛されており、それはきっと海洋学者として未知なる美しい生物へ抱く畏敬の念や、様々な冒険を通して多くの子どもたちへ夢を与えてくれる憧れの存在だったから。

しかし長年ヒット作に恵まれず、ジャガーザメへの復讐を誓うスティーヴの姿は自分勝手で目立ちたがり屋といった体でかつての求心力は無い。ジェーンからも幻滅したことを告げられているが、これは世間的な評価とも一致するものだろう。

憧れの探検家だったスティーヴ

それでもネッドとの出会い~死を経ることでスティーヴは変わっていき、それはジャガーザメの美しい姿を目にして思わずこぼれた「私を覚えてるかな」という言葉が象徴的だった。
この時点でジャガーザメに対する復讐心はもはや無く、その存在すら疑われていた希少種ジャガーザメにやっと再会できた万感の思いが込められていて、それは純粋に未知なる海洋生物に出会うために冒険してきたかつての海洋学者としての姿と重なる。
だからこそ、同乗していたチーム・メンバーたちはスティーヴの肩に手をのせてその思いを受け止めてくれた。

家族の再生というテーマが似ているので前作と比較してしまうが、本作ではステーヴひとりにスポットが当てられているせいか物語の深みは前作『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』よりも薄いように思えたが、このジャガーザメと対峙するシーンはなかなか良かったと思う。

色恋にだらしなくて理性にブレーキがきかず、口や素行がとてつもなく悪いスティーヴだが、それでも人々に夢を与えてくれる奥行きには人間の真理がある。
本作を見終えた後に、赤い帽子と水色のユニフォームを着用したい気持ちになるのは、未知なるものへの純粋で衝動的な好奇心への憧れを感じるからかもしれない。

こだわりの映像表現

本作のテンポよく挿し込まれる少しズレた笑いや、細部へのこだわりを感じさせる映像はウェス・アンダーソン監督作品ならではで楽しめる。

なぜかほぼトップレス姿のアン・マリーにその理由は説明されないし、海賊に真正面から撃たれたのに元気に走って逃げているアリステア・ヘネシーも可笑しかった。
コマ撮りで動く架空の海洋生物たちもステキで、クレヨン タツノオトシゴやキャンディ ガニのポップな愛らしさといったらない。

特徴的な赤いニット帽と青いユニフォームの色合いも鮮やかで、スティーヴがカンパリを飲んでいるのも、赤で色を合わせてコーディネートしたかったからだろう。
セットだということが丸わかりの半分に切リ取られたベラフォンテ号を活用した長回しも船内の位置関係や登場人物の様子が伝わってきて楽しめた。

音楽ではブラジルのミュージシャンSeu JorgeによるDavid Bowieのカバーも良いのだが、私個人としてはMark Mothersbaughの電子音楽が印象的だった。

劇中繰り返しかかる「Ping Island / Lightning Strike Rescue Op」が特に好きで、トイ楽器でつくられたかのような脱力系のチープな音色がたまらなく好き。作曲担当のウラジミールに安っぽい鍵盤楽器を持たせていたりと芸も細かい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?