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ダージリン急行(感想)_互いを信用していない兄弟が絆を深める物語

『ダージリン急行』は2008年日本公開の映画で、監督はウェス・アンダーソン。
3兄弟が主に列車でインドを移動しながら、心の旅をするロードムービーとなっており、ウェス・アンダーソン監督らしいユーモアや、家族の愛が語られるストーリーとなっている。
以下、ネタバレを含む感想を。

お互いを信用していない兄弟

物語は父親の死後1年間、会うことの無かったフランシス(長男)、ピーター(次男)、ジャック(三男)のホイットマン兄弟が、フランシスの呼びかけによってインドでダージリン急行に乗って絆を深める旅に出るというもの。

3人はそれぞれに問題を抱えており、フランシスはバイクの事故で顔面が包帯まみれ、ピーターは出産間近の妻がいるのに離婚を考えている。ジャックは別れた恋人に未練があるから留守電を盗み聞きしていたり。

兄弟はお互いを信用していないから、個人的なことをなかなか語ろうとしないが、相手を選んで喋ってしまうから直ぐにバレてしまうから、隠し事が下手なところに親近感が湧く。
また、3人揃って(合法的な薬だが)薬に依存し過ぎなのと、旅の目的地にいる母親に救いを求めている様子からいささかマザコンっぽさもある。

主な移動手段となる「ダージリン急行」は、3人の泊まる客室がそれなりに豪華で、食事堂車まであるから長旅が出来る寝台列車といった様子。しかし速度が走って追いつけるほど遅かったり、列車なのになぜか迷子になっていたりと意味が分からない。
そしてプレートに描かれた象のイラストも楽しげ。インドの列車はこういうものなのか。

登場しないが存在感のある父親

ウェス・アンダーソン監督の過去作と比較して、兄弟や家族の絆をテーマとしているのは本作も同様だが、少しテーマを掴みづらいところがある。

過去作では強烈な存在感の父親たちが異彩を放っていた。しかし本作では父親の死後1年が経過したところからスタートするため、どんな父だったのかを捉えきれない。しかし父の話題や遺品は頻繁に登場するから存在感だけはある。

さらに3兄弟がなぜ父の死後に疎遠になったのか、子供たちにとってどんな父だったのかも不明なまま。
父の葬儀へ向かう車中の回想シーンのやり取りにヒントがありそうなのだが、肝心なところを端折られているからよく分からない。
直前に3人が落胆するようなことを言ったことだけは分かるが、葬儀へ向かう車中の会話なので恐らくは父親のことだと思われる。

フランシス:なんてこと言うんだ
ピーター:でも事実だ
ジャック:よせ
アリス:悲しいから何も言わないで

フランシスが食事の席で弟たちのメニューを勝手に決めるのは母親譲りなように、3兄弟の性格も父親似な部分があったのではと仮定して、どんな父親だったのかを考えてみる。

フラシスはバイクで自分から土手に突っ込むような精神的に不安定なところがあって、助手のブレンダンや弟たちに対して常に上から目線で接する。しかし後で過ちを認める謙虚さはある。

ピーターには遺品を独り占めするようなちゃっかりしたところがあるようで、出産直前の妻との離婚を考えるような薄情さもあり、ジャックの小説にひとりで涙する感傷的なところもある。

ジャックには小説を書く才能があって音楽が大好き。女性にだらしなく、元恋人への未練が断ち切れないくせに、客室乗務員のリタを求める浮気性な面もある。

さらに3人共に身に付けているものがお洒落で、イニシャル入りの大量のバッグや、父親がメンテナンスに手がかかりそうな車に乗っていたことから、相当な資産家だったことも想像できる。

そんな3人の性格を総合してみると、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のロイヤルや、『ライフ・アクアティック』スティーヴのように、我が強くてカリスマ性はあるが、女性にだらしなかったり精神的に未成熟で欠点の多い人間性が透けて見えてくる。

兄弟はそんな父親を敬愛していたが、欠点の多い父をどこか嫌悪もしていたのでは無いか。それは上記した葬式へ向かう車中の会話での歯切れの悪さが裏付けていると思われる。
しかも、自分たちの欠点が父親譲りのところもあるから複雑な気持ちもあったのではないか。

だから母と出会った後の3兄弟が列車に向かって走りながら父のイニシャル入りのバッグを捨てたのは、そんな父の呪縛からの脱却することの象徴だったと考えた。
また、母パトリシアが夫の葬式へ参加せず、ヒマラヤの修道院で尼僧になったのは、精神的に未成熟で世俗に塗れた夫に対する反動だったのかもしれない。
迷える3兄弟に対して「もっと自分を自由に表現したら?」と促す言葉の裏には、「夫のようになるな」という助言も含まれていたのではないかと思われる。

ジワりとくる笑いと、センスの良いサントラ

本作でもウェス・アンダーソン監督ならではともいえる、じわじわと笑えるシーンがあった。

特に冒頭の、ビル・マーレイ演じるビジネスマンがタクシーを飛ばしたのに列車へ乗り遅れるシーンが印象深い。
ビジネスマンが後ろからきたフランシスにあっさりと抜かれるのも笑いどころだが、必死に走る2人をどこ吹く風といった表情で、涼しげに目を細めている青年とのギャップもすごい。スロー再生されていることもあって、この青年はとても強い印象を残すのだが物語の展開には一切絡まない。

ウェス・アンダーソン監督の作品には馴染みの俳優がよく起用されているが、常連のクマール・パラーナが3兄弟と同じテーブルにさりげなく同席しているのもジワる。やたらと場の空気に馴染んでいるのもだが、新聞を読む振りをしながら、実際は兄弟の会話に聞き耳を立てていると思われ、でもセリフは無い。

過去作のようにMark Mothersbaughの楽曲が無いのは残念だが、シタールや太鼓などのインドの楽器が多用されたチープな印象の楽曲は作品の雰囲気を盛り上げてくれるのと、
The Kinksの曲が列車へ走りながら乗る2つのシーンで使用されており、「This Time Tomorrow」、「Powerman」が、気分を盛り上げるよう効果的に流れる。

同時上映されたという、本作の前日譚となる「ホテル・シュヴァリエ」で、ジャックがiPodからかけるPeter Sarstedt「Where Do You Go To My Lovely」も切なくて、ジャックと別れた恋人の悲しい雰囲気に合っていた。
そしてエンドロール、なんでインドで「Les Champs-Elysees(オー・シャンゼリゼ)」なのかは不明だが、心温まる終わり方の作品の雰囲気にはバッチリあっていた。


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