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ブルックリン(感想)_苦労はするが後悔の少なそうな未来への予感

『ブルックリン』は2002年日本公開のアメリカ映画で、監督はジョン・クローリーで、脚本はニック・ホーンビィ。
1950年代前半のアメリカ、故郷の家族と別れてでも新天地で暮らすことの苦労と喜びについて考えさせてくれる。
以下、ネタバレを含む感想などを。

大事なのは出逢うタイミング

1952年頃のアイルランドの田舎町、エイリシュ・レイシー(シアーシャ・ローナン)は姉と母の3人で住まう。エイリシュは聡明な女性だったが、街には仕事が少ないために仕方なく性悪な女主人ケリーのいる雑貨店で働く。
悲観的な将来を打破するため、姉の助力によって単身ブルックリンへ移住することにしたエイリシュはホームシックになりながらも、職場の上司の助けやイタリア系移民トミーとの出会いによって、移住先へ馴染んでいく。

その後トミーと二人きりで結婚をするも、姉の死をきっかけに故郷へ戻って地元の男ジムと良い関係になって気持ちが揺れ動く。しかしかつての雇い主ケリーに陰湿な告げ口をされたことで決意したエイリシュはアメリカへと戻る。

このあたりエイリシュにも非があって、トニーと結婚していたことを隠してジムと良い仲になったのだから、知らずに求婚しようとしていたジムが哀れでしか無い。

エイリシュの行動を身勝手だとは思うが、故郷を離れて自活するリスクであったり、家族を失ったタイミングで都合よく側にいてくれる人に好意を持ってしまうなんてのは不可抗力だと思うから、責める気になれないしむしろ共感してしまう。
渡米する以前のダンスパーティーで誘わなかった時点でジムはタイミングを逃していたし、渡米によって自信をつけたエイリシュだからこそ魅力的に見えたというのもあるだろう。

また、アメリカの繁栄が多くの移民の苦労によって支えられていることや、寂れてはいるが自然豊かなかけがえのない故郷との対比、そうして都会へはるばるやってきた労働者の哀しみなどの構造は、日本の東京と地方の状況に似ていて、高度経済成長期を支えた日雇い労働者を想起させる。

深みのある多面性や感情の描写

大まかなストーリーは、前途有望な女性が苦労しながら二人の異なるタイプの男性と恋に落ちるという素朴な展開ではあるものの、人間の持つ複雑な感情の起伏や多面性を感じさせる言葉や細やかな動作など、人物の描写/演技が素晴らしく作品に深みを感じさせる。

アメリカへ向かう船で同室になった大人の女性や、ブルックリンの下宿先にいる世俗にまみれた派手目な二人組もだが、最初はエイリシュへ冷たい態度を取るも、時間が経つと的確なアドバイスをしてくれるようになるのは、エイリシュの素直な性格がそうさせるのか。

帰国したエイリシュをアメリカへ行かせたくない母は密かに根回しをして、親友の結婚式を理由に渡米を遅らせたり、ジムとの仲を親密にさせるためにナンシーとも通じているようで食えないが、エイリシュがアメリカへ戻ることを聞かされたときの落胆には同情する。

船上でこれで見納めかと感傷に浸るエイリシュは見知らぬ若い女性から話しかけられると、最初は素っ気ない返事ををしていたが思い直してアドバイスをするのはエイリシュの目に見える成長として表現されている。

終始印象の変わらなかったのは、多くの人々から慕われる姉から”意地悪な魔女”とまで言わせた嫌味な女ケリーくらいか。
しかし、エイリシュの人生を変えるきっかけをつくった存在でもあるし、噂を周囲へ広めるのではなくエイリシュ本人へ直接言ってくるだけマシだとも思う。

将来を左右する選択

エイリシュの恋愛相手となる二人の男性が対照的なのも興味深い。

トニーのアイルランド人の集うパーティへ紛れ込むしたたかさや、若いのに穏やかな喋り方から滲み出る優しい人柄。将来性はあるのかもしれないが配管工という汚れ仕事の現状は裕福ではないし、文章を書くのにもひと苦労。
エイリシュが望めば簿記の仕事を続けさせてくれるだろうが、結婚後の生活は金銭面での苦労が多そう。
そういえばトニーがなぜLAの球団を応援しているのか疑問だったが、ドジャースは1958年にLAへ移転する以前にはブルックリンに球団があったらしい。熱狂的なファンのようだから、トニーには将来辛い未来が待ち受けている。

対してジムには知性と親の財産があるから、将来的に金銭的に困ることも無さそうだし母親の近くに暮らすことも出来る。
しかし今後アイルランドから出ることは無く、閉鎖的で寂れた田舎町で一生を終えるのだろう。さらにジムと結婚していたらトニーに対する不義理もあるから罪悪感を背負っていくことにもなりそう。

それぞれに一長一短があるのでどちらが良いとは言い切れないのだが、個人的にはトニーと一緒になって良かったと思う。苦労も振り返れば良い思い出になるし、姉のくれたチャンスを切り拓いていくエイリシュを見たい。

壁に寄りかかってトニーの元へ戻ってきた幸せを噛みしめるように、トニーが気付くまで待つエイリシュの姿にはなんともいえない多幸感がある。

この時の服装が、トニーとロングアイラインドへ海水浴に行った際や、ジムと海水浴へ行く時と同様で、恐らくエイリシュお気に入りのコーディネート。
船着き場から一目散に駆けつけて旅で疲れた姿を見せるのではなく、旅の荷物を置いて自分が最も魅力的に見える外見に整えた上でトニーへ会いにいくあたりにエイリシュの思慮深さも感じさせる。


画面全体の色合いは深みのある色やパステルカラーで統一されている。そのため控えめな色が多くなりがちだが、色や柄の組み合わせによって画面が華やかに見えるのが楽しいし。背景が柄のあしらわれた壁紙だったりすると、画面がうるさくならないように服装は単色のシンプルな服だったりとよく計算されている。

カーディガン、水着、エイリシュがひとりランチをとる店など、深めのターコイズブルーが多用されていて、爽やかで気品も兼ね備えた色の印象はエイリシュの内面も表現しているかのよう。

職場の制服も印象的で。襟とリボンにあしらわれた水玉模様が可愛いし、落ち着きのある紺色に重ねた深い色のコートとの相性も素敵だった。


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