プリンセスメゾン(感想)_物事がうまく行かない時の折り合いの付け方
「プリンセスメゾン」は2014〜20018年の期間、「やわらかスピリッツ』」で連載されていた漫画で、著者は池辺葵。女性が一人で決断してマンションを購入したり、手放したりする姿などを通して、幸せになったり辛い思いをしたりと様々な物語が描かれている。
2016年にはドラマ化もされているが、そちらは未見。
以下はネタバレを含む感想などを。
目標を決めてまい進する強さ
本作は築52年の安アパートに住み、家と職場を往復するだけの毎日を過ごす独身女性の沼越幸(26歳)が、マンション購入を検討して住みはじめるまでのエピソードを中心に、様々な境遇の女性たちとマンションの関わり方を描いた群像劇となっている。全6巻で名前のある登場人物だけでも20人以上登場するため把握するのに少し混乱するが、読み直すと同じ人物が複数回に登場しているのを発見できる楽しみがあったり。
東京生まれの幸は高校時代に両親を亡くしており、滋賀県にある伯父の家に引き取られて2年間を過ごしたが、高校を卒業すると東京へ戻って居酒屋チェーンに就職した。
時間をつくっては一人でモデルルームへ行ってマンションを探す生活で、趣味はなく友人もおらず携帯電話すら持っていない。余計な支出はせず、貯金通帳やタイムカードの残業時間を眺めるときには嬉しそうな表情を見せ、満足のいくマンションを購入することを目標にしている。
年齢が26歳とまだ若いのに、なぜマンション購入にこだわるのか。これくらいの年齢の女性であれば結婚してから夫の収入と合わせて家を購入することが考えられるし、結婚を視野に入れないにしても検討する時期としてはかなり早い方だと思われる。
何より居酒屋チェーンの店員が得られる収入が高給であるハズがなく、昇給金額も厳しいだろうから、購入するためには他のなにかを諦める必要が出てくる。
幸がマンション購入にこだわる理由は具体的に語られないため想像するしかないのだが、両親が不在で頼れる人がいないからこそ、早く自立した人間になるべきだと考えていて、実用的で高額な買い物の象徴的なものがマンションなのかもしれない。
そんなストイックさを褒められた幸は「家を買うのに、自分以外の誰の心もいらない」と返しており、他人に頼らずとも生きて行けるようになる覚悟と、他人に対する不信感も少し感じられる。
それならば安価な地方のマンションでも良さそうなものだが、高卒で社員採用してくれた就職先へのこだわりなのか、場所は東京近郊に絞って探している。
目標を決めて進める人への憧れ
友人のいない幸だったが、職場の居酒屋(じんちゃん)へモデルルームに勤める要理子が客として来たことをきっかけに、二人はやがてお互いを家に呼ぶような親密な仲になる。
理子は恐らく年齢的には30歳前後と思われ、マンションデベロッパーに勤めるも派遣社員のため、待遇的には幸と大して変わらないと思われる。それなのに現実を悲観することなく大きな目標を持って生きる幸の姿勢が理子には眩しく見えた。
幸の購入したマンションへ同行した際に、理子は幸に惹かれる理由を話す。
欲しいものなんで何もないけど、死んでもいいって思えるくらいのもの。
見つけたかったな。
だからきっと、そういうものを持ってる人に触れていたくなるのね。
脇目も振らずにまい進できる幸のような生き方が出来る人は稀だ。
やがて理子は東京での自由な生活を手放し、和歌山へ帰省して結婚を真剣に考えはじめるのだが、結婚を希望する理由に「誰かと支え合って生きたい」というのが素敵だと思う。
誰かと恋愛して結婚するのも結構だが、一緒にいて不愉快で無ければ、結婚を困った時に助け合うことが出来る人生のパートナーを探すくらいで考えても良いと思うのだ。
幸と理子の別れのシーンも良かった。東京駅ではじめての立ち食いそばを並んで食べたあと、実家へ帰省する理子が座った新幹線の車窓からは手づくりの団扇で見送る幸のコマだけが。
「頑張れ」のように他人に行動を促す言葉ではなく、幸自身の姿勢として「ずっと応援している」というのも素敵だし、手間暇かけてつくられた団扇からは言葉以上の思いが詰まっている。
女性がひとりで生きていく困難さ
幸と理子以外の人物たちにも、表面的に順風満帆な人生にみえてそれぞれが悩みや苦労を抱えて生きているのも心を揺さぶられる。
夜中にベッドの中でふと「私、いつ死ねるんだろう」とつぶやくフードコーディネーター、田舎から上京してファッション誌の編集部で頑張るキャリアウーマン、結婚して子どもを手に入れたが「欲しいものは手に入れてからが勝負」と言う従姉妹など。
その中でも本田薫のエピソードが特に印象的だった。
薫は役所に務めており45歳で独身、更年期を迎えて病院へ通うようにもなっている。自分より若い同僚が出産の話題をするも加わろうともしない様子から、もう結婚する意志は無さそう。また、実家の両親は健在だが義妹が子どもと一緒に住んでいるため帰ることは出来ないだろう。
そのため、老後のことを考えてマンション購入を決意するも、実の父からは「かわいそう」と憐れまれるが、義妹の久美がマンションを購入を後押しする発言をしてくれる。
どこがかわいそうなんですか。
<中略>
自分でつかめる幸せさがして、自分で自分の人生面倒みて、住宅ローンも自分名義で借りようとしている、天晴れじゃないですか。
これは義妹の言葉だが、血のつながった家族よりも他人の方が状況を理解してくれるというのは現実でもありうる。
実の父の憐れみには「女の幸せに結婚ありき」の前提があって、ある程度の年齢の人たちからは多数を占める意見だけに嬉しい言葉だ。
幸のように生きることがますます困難に
『プリンセスメゾン』では女性のマンション購入をサポートする会の会長の言葉に以下のようなのがあった。
マンション購入はなにも特別なことではありません。
投資目的であれ将来のためであれ今のためであれ、
大事なのは他人の価値観ではなく、自分がどうしたいかです。
幸は満足のいくマンション購入できて理子は人生の目標もできた。ハッピーエンドだとは思うのだが、現実には「それでよいのか」という思いも残る。
少し横道に逸れる。
東京の新築マンション価格 平均年収の13.4倍に
2022年1月の記事だが、「東京都では平均年収596万円に対し、マンションの平均価格は7989万円と13.4倍に上る」とのこと。需要としてはシニア層が「終(つい)の棲家」に、富裕層が節税対策に堅調とも。
平均価格がやたらと高いのは、タワーマンションなど高額な物件も含むせいと思うが、実際にマンション全体の価格も上がっている。また、『プリンセスメゾン』が連載を終えたのは2018年でコロナウィルスはその影も無い。
つまり、2021年現在ではコロナの影響をモロに受ける居酒屋チェーンに勤める幸のような境遇の人は、平均年収半分以下の年収250万円すらキープすることが困難で、ローンの支払いも滞るのではないかということ。
『プリンセスメゾン』に登場する女性は、正社員採用されずにローンが組めなかったりと男女間の収入格差が原因で苦しむ人も多数登場する。さらに先述した記事からは、富裕層との格差拡大も感じ取れる。
「大事なのは他人の価値観ではなく、自分がどうしたいかです。」という意見はまっとうだが、最低限の生活を過ごしながらそのスタイルを貫くのは困難だ。
2022年現在では「毎日のほんのささいなことを、キラキラした目で見てる」と言われていた幸のように、ささやかな生活すらままならなくなっていて、現実はこの漫画よりも辛い方へ進んでいるように思える。
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