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本気のしるし(漫画)感想_男好きする女に責任転嫁する人たち

「本気のしるし」は星里もちるによってビッグコミックスペリオールで、2000年3月から2002年11月まで連載されていた漫画。
1巻の表4に”サバイバル・ラブ・サスペンス”と紹介されているだけあって、主人公の辻一路(つじ かずみち)が、男好きする女、葉山浮世に出会ったことをきっかけに破滅への道を歩む展開が描かれている。

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2019年にはドラマ化、さらに2020年には再編集されたものが映画化されており、4時間弱(232分)の長尺で上映されている。
以下はネタバレを含む、漫画版の感想などを。

美人だがだらしない女、しかし見捨てることが出来ない

本作のヒロイン葉山浮世は見た目こそ美人だが、虚言癖があって言っていることが二転三転するし、生活力もなくて貞操観念も低い。そんなイラッとさせられる女に、本作の主人公、辻一路(30歳)が徐々に惹かれていく様子にハラハラさせられ通しなわけだが、辻はなぜ浮世のことをつき放すことができないのか。

1巻_P043

辻は小~中規模の文具メーカーに営業職で務めており、社内恋愛禁止の職場で、後輩の藤谷美奈子(みっちゃん)と、先輩の細川尚子に二股をかける器用さや、取引先や職場の人間から信頼されるだけの要領の良さを持っている。

しかし、辻は学生時代に本気で好きになった女に裏切られたせいでトラウマを抱えていた。自分のことを好いてくれる女を受け入れはするが常に曖昧な態度を取ってきたし、会社選びや仕事では無難な道を選択しており、そんな中途半端な自分に満足出来ず、現状から抜け出したいと考えていた。

4巻_P031

辻が浮世のことを放っておけない理由について考えてみる。
最初は容姿に惹かれたというのはある。そしてだらしなくて危ういからこそ放っておけず、「自ら行動を起こすことで現状から抜け出したい」というのもあったのだろう。さらに辻は学生時代のトラウマにより「自分のことを決して裏切らない女性」を求めてもいたのではと思われる。
みっちゃんは辻に好意を寄せてはくれるが、自分のことが一番かわいいと考えていることを隠さない幼さがあり、細川先輩にしたって、みっちゃんと辻の関係を分かったうえで近づいてくるような女性のため、イマイチ信頼できない。
つまり様々な面で自立できていない浮世ならば、辻なしでは生きられないようになり「自分のことを裏切らない女になるのでは」と、心のどこかに持っていたのではないか。

ひたすら辻を振り回しつづける女

浮世は自分のことを必要以上に語らず、またその場しのぎで嘘をつくために本心を掴みづらいが、浮世から見た辻に対する気持ちは、「優しくしてくれる人なら誰もよい」くらいだったのだと思う。

そのため、踏切で立ち往生していたところを辻のおかげで命拾いしたのに、車で事故を起こしたのは自分ではないと嘘をつき金の無心もする。さらには浮世のことを束縛するはずの旦那のもとへと戻ったりもする。
そんな、浮世が明確に自分の意志で辻を求めるのは葉山家で軟禁状態から抜け出すところだ。

4巻_P106

自分に優しくしてくれるならば誰でも良かった浮世が、夏の焼けるアスファルトの上を裸足で葉山家から抜け出し、辻の携帯電話へ助けを求めるところで、辻の誠実な態度に対して自らの言葉で感謝を伝える。

そうして、二人は夫の葉山正に見つからないよう、住居を引っ越して新しい生活がはじまるわけだが、この段階での二人の関係性は精神的にも経済的にも浮世が辻に依存しているといえる。自立できずに未だ離婚すらしていない浮世を辻が囲っているという状況だ。

5巻_P203

そんな状況で、浮世はかつての不倫相手である峰内に再会。死んだような顔をする峰内の求めに応じて、辻のもとを去ることになる。
その理由というのも、かつて海に飛び込む峰内を止められなかったことを悔やんでおり、現在の峰内には浮世が必要だが、辻には自分が居なくても大丈夫だからと。
つまり、浮世からすると峰内を救えるのは自分一人だけと考えており、浮世に辻を依存させたことが裏目に出てしまっているともいえる。まあそれにしたって、浮世という名前に相応しい非道い選択なわけだが。

辻が浮世を追いかけてる展開が逆転

しかし、浮世は、峰内から結婚を求められるタイミングで自らの意志で決断する。「逃げ場所をつくれる峰内」よりも、「逃げ場所をつくらず足掻いてきた辻」の方が自分を必要としてくれていると、ここにきてやっと、本当に遅すぎるタイミングで気付くのだ。

6巻_P031

しかし、辻は浮世と会わないと決めたため、住んでいたところを引き払ってしまっている。浮世は金を稼ぐために回春エステの風俗で働くようになり、脇田のおかげで二人は再会できるのだが、ここにきてはじめて二人の関係性が変わっている。

人に媚びて誰かに依存ししてきた浮世は、あらゆる面で辻に依存する立場であったが、自らの行いの責任を取って辻に償いをするという意志を持ち精神的に自立した浮世と、堕落した生活を送る辻へと関係性が変化している。
そうして山で遭難した際、辻が自分の弱さをさらけ出すと、死にかけても常に生き返ってきたしぶとい浮世が手を差し伸べることで、二人の関係性が一方的な依存関係ではなくなるエンディングは美しい。

最後のシーンで、二人がコンビニで出会ったときと同様に浮世がワンピースを着用しているののは、浮世なりに辻に好かれたいという気持ちの顕れなのだろうが、最初に登場したときのような嫌らしさは無い。
言語化することが下手で、はっきりしない態度を続ける浮世に、ずっとイラッとさせられきたのだが、終わってみると、徐々に浮世に対して共感し始めてしまうのがこのストーリーの恐ろしいところだ。

浮世を取り巻く女性蔑視(ミソジニー)について

この作品を読みはじめた当初、浮世に対して「だらしない女」と感じていたのだが、最後まで読み終えると、次第に浮世に対して同情的な感情を持つようになる理由について考えてみる。

本作では、「浮世が男好きする魔性の女」であることがトラブルの大きな要因として終始つきまとっていて、

・男好きする女の態度(服装、言動、行動)に問題がある
・男好きする女に惑わされる男の側に問題がある

上記それぞれの考え方について考えさせられるところがある。
現実に、性被害にあった女性に対して「露出の多い服を着ていたの女の側が悪い」と女性の側を非難する話と似ており、女性蔑視(ミソジニー)の問題が双方の立場から提示されている。

まず、浮世に問題があると指摘する人間として、葉山正の両親がいた。

4巻_P091

誰が悪くて誰が悪くないとかの問題ではないのです。
はっきりしていることは、
あの女は人をダメにするということです

血の繋がった自分の息子の相手のことなので、冷静な判断を失っているのかもしれないが、息子がだらしないのは浮世のせいだと言っている。

別途、引越し業者の男が浮世に好意を持たせるような態度を取ったことに対してフォローする言葉もあった。

5巻_P017

気にしないで、こういう人もいるの。
高校の時クラスにもいた。
はっきりしないから、男の子みんな好きになっちゃうの。
勘違いされるような態度をわざととるの、
すごく迷惑なの!

モテない女の僻みと言ってしまえばそれまでだが、「男に期待させる態度を取る浮世が悪い」という女性は現実に存在する。葉山正の母親もそうだが、同性であってもこういう意見が出てくるのは現実にあり得ることだ。

対して、自動車教習所で浮世と知り合った桑田という女性は、浮世を擁護している。

4巻_P019

確かに浮世ちゃんスキだらけかもしれない。
男好きするタイプだって言われるの。
あたしもよく言われたから。

でもそのスキをすごくついてくる人がいるのよ。
押し切られて負けるのは、自分を守るのがへたなだけで、
それってそんなに悪いことですか?

ユダヤ・キリスト教の宗教観では、女性こそが性的誘惑者であり罪の根源だという話を聞いたことあるが、男性優位社会での偏った固定概念の気もする。そのためこの場では女性の存在そのものが誘惑的かどうかは語らず、浮世自身の言動や態度が自覚的であったかどうかについて考えたい。

浮世の態度が常に自覚的だったかというと、私はそうでもないと思うのだ。辻と知り合って間もない頃、「あたし、いいって言われますよ」と言ったのは浮世の意志だろうが、このセリフにても、浮世なりの処世術と考えている。

6巻_P193

峰内と心中した経緯や、山の中で遭難したときの告白などから、どうやら浮世が恵まれた環境で育ったような様子はない。望まぬ相手と結婚して義理の両親からは疎まれてもいた。
そんな浮世には、出会っても間もない相手とはいえ、手を差し伸べてくれる辻に頼るしかなかったのではないかと思う。それゆえの「あたし、いいって言われますよ」ではないか。
言語化したり整理することの苦手な浮世のことのため、浮世の意志は少ない情報から想像するしかないわけだが、仕方なく自分を守るためにそういう選択をせざるを得なかったと考えたら、浮世の取ってきた態度に対して少しは同情の気持ちもわいてくる。

現実でも、女性関係のトラブルの所在が一方的に女性の側になることはい起こりうることなので考えさせられるところだ。
そういう意味で、浮世に近いところに居て時にには乱暴する男から浮世を守ってあげたりしながらも、常に中立的な立場で二人の関係を見守り続けていた、脇田の存在にも好感を持てる。

いずれにせよ、最初から最後までけっこう楽しめたので、機会があれば4時間近くあるという劇場版もいずれ観てみたいと思った。

本気のしるし_01巻


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