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没後50年 鏑木清方展(感想)_細部まで緻密に描かれた上品な絵画

東京国立近代美術館にて2022年3月18日から開催されていた『没後50年 鏑木清方展』へ行ってきたので、いくつか心に残った作品についての感想などを。

展示内容は、鏑木清方にとって自己評価の高かった作品も多数展示されているとのことで、東京会場では「生活をえがく」「物語をえがく」「小さくえがく」の三章に分かれているとのこと。
そのため、美人画だけではなく「鰯」「墨田河舟遊」のように、当時の人々の生活の様子を切り取った作品もあるのだが、それらの作品はだいたい小さくて、それなりに混雑している会場で落ち着いて鑑賞することが難しく、どうしても美人画の方が印象に残る。

築地明石町

チラシ、ポスターなどの宣伝ツールに使用されている「築地明石町」の存在感がやはり大きい。
特に目の周辺の力強さに特に惹きつけられて、細長い眉と二重まぶたには鋭さが、涙袋の線からは大人の女性を感じさせる。
さらに、すっと立って細身の身体を少しだけ振り返えらせて一点を見つめる姿勢からは芯の強そうな様子もうかがえる。
顔は無表情で、澄ましているのかそれとも僅かな感情の起伏があるのか判然としないけど、この絵を見る側の状態によっても受け止め方に変化が生まれるように思う。

首筋を露出させた夜会巻には艶っぽさがあって、ほんのり濃淡のある黒い羽織と浅葱色の単衣の色の組み合わせからは上品さを感じさせる。黒い羽織の面積が多いから画面を力強く締め、対照的に女性の肌の白さも美しく際立っている。

背景は朝霧でぼんやりしていているから、日の昇ったばかりの時間かもしれない。右下には枯れかけの葉を含む朝顔は控え目の彩色で画面に彩りを添えて、左上には帆船のマストがおぼろげに見えているのは海が近いことを示唆している。
この絵が鏑木清方の死後1975年の回顧展から44年間、所在不明のため衆目に触れることがなかったというエピソードもなにやら有り難みが増している。


ためさるゝ日_l

江戸時代の丸山遊女による宗門改を描いた「ためさるゝ日」では、踏み絵をためらう女性の気持ちが絵から伝わってくる。

今まさに右足を出そうとする女性の表情がとても嫌そうに踏み絵を見つめて暗い雰囲気なのに対して、髪に挿さる櫛や、緻密な模様のあしらわれた着物の豪華さが対照的で奇妙な違和感を感じさせる。
異国との通商が制限されていた江戸時代、対外貿易が行われた長崎の遊女の中には、特定の異国人と関係が深まったことでキリシタンになった女性もいたのかもしれない。借金のカタに遊女になったら神にすがりたくなることもあるだろうなどと想像させる説得力がある絵。


道成寺 鷺娘

歌舞伎の演目に登場する娘を描いた「道成寺 鷺娘」も迫力があった。
2枚でセットになっているらしく、左幅では雪景色を背景に踊っているかのようなポーズの白い女が、右幅には地面の緑によって引き立てられた濃い赤の強烈な女がいる。いずれも細長い目と澄ました表情から、何か企んでそうな妖しい雰囲気で惹きつけられる。
あまり陰影の無い絵だけど、2枚並べて見ると木の枝が左下に女性の手前からと、右上には女性の背後に描かれていることで奥行きも感じられる。


遊女

泉鏡花の小説「通夜物語」に登場する女性、丁山(ちょうざん)をモデルにした「遊女」の女性も妖しい雰囲気だ。愛するひとのためなら人を刺すし、早とちりだったと過ちに気付くと自らの胸も突くような女性ということだが、ここでは火鉢に寄りかかって寛いでいる。

三日月目で虚空を見つめる女性の表情には薄気味悪さがあって、画面の右の方までゆるやかに着られた羽織の柄には華やかさがあるのだが、横長に伸びたシルエットには蛇のような異様さもある。ただ寛いでいるだけで、こんなにも迫力のあることがすごい。


初雪

着物の濃い朱と瑠璃色の組み合わせが美しく、緻密に描かれた柄も素敵な「初雪」も良かった。
顔のつくりは若そうに見えるけれど、渋い色の着物と帯や髪飾りとの組み合わせがとても上品で全体としては落ち着いた印象。
降りはじめの雪と、上半身をかがめて袂を抑えている左手のしぐさ、そして少しだけ着物から見える足先からからは、動きも感じられる。

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展示内容には、明治~昭和初期の頃には多くの人々に読まれていたであろう小説、歌舞伎などが題材になっているものが多数展示されていた。そういう知識に疎い私には描かれた背景を理解するところまでは難しいけれども、鏑木清方が女性たちの思いに共感して描いたことは伝わってくる良い展示内容だった。

東京国立近代美術館で鑑賞した鏑木清方で思い出すのは、2021年に開催された『あやしい絵展』での「妖魚」。もう一度観たかったけども、今回は展示されないのが残念なのと、4/12以降の展示替で登場予定の「讃春」を観られなかったのも心残り。

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