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TOVE(映画感想)_自由な精神と優しい目線に対するひとつの解釈

『TOVE』は2021年日本公開の映画で、監督はザイダ・バリルート。
「ムーミン」の原作者トーベ・ヤンソンの30~40代前半を中心にしたドラマで、映画単体の印象としては薄いというのが正直なところ。
どこまで現実を再現しているのか不明だがトーベ・ヤンソンの作品に照らし合わせて鑑賞すると趣がある。
以下、ネタバレを含む感想などを。

厳格な父によるプレッシャー

第二次世界大戦後のフィンランド・ヘルシンキ。風刺画や挿絵などのトーベの作品を芸術と認めず、創作に干渉する彫刻家の父から離れるために家を出て、戦争の跡が残る廃墟のような家に住み始める。
絵画は世間的に認められず家賃を払えないほどの貧乏な生活をしていたが、政治家で作家でもあるアトスや、市長の娘で舞台演出を手掛けるヴィヴィカと愛し合ったりと交友関係は充実してくる。
やがてムーミントロールの小説や漫画によって成功を手にするも、求め続けていたヴィヴィカとの愛は遠のいていくという物語。

トーベ・ヤンソンの小説や漫画には人生の不安や不条理などが表現されていて、繊細で自由な精神性が感じられる。その原体験のようなものを垣間見えるという意味では、一つの解釈となる映画だった。

物語はトーベの30~40代前半までを中心にしており、ムーミン誕生秘話やトーベの人生全体を俯瞰したようなものを期待していると肩透かしを食う。
売れない芸術家が成功を手にするまでの描写は薄く、叶わぬ愛を求める姿は先が読めるから物語の盛り上がりに欠け、トーベ・ヤンソンの作品そのものに興味が無い人にとっては退屈な映画と思われ、アニメのムーミンしか知らない人にはお薦めしづらい。

スナフキンのモデルとなったアトス

アトス・ヴィルタネンは、政治家、哲学者、作家、ジャーナリストと様々な肩書を持つ多才さ。トーベとは自身の開いたパーティーへ招いたことで出会う。

そのパーティーではアトスの妻が夫の眼前で他の男と浮気をするのだが、「嫉妬心は思考の邪魔」で、感情に溺れては駄目だと敢えて気にしないようにしているも、自身もその後トーベと関係を持つのはその反動なのではと考えてしまう。
トーベにとっては男女の関係というだけでなく、良き相談相手でありさらには仕事の依頼などあらゆる面で支えてくれる存在となる。
さらにトーベさえ良ければ結婚を望んでいるような印象だが、トーベはアトスの気持ちのすべてを受け止めようとしないから報われない。

特にアトスの思いが切ないと感じたのは、トーベがヴィヴィカとの愛を裏切られたと感じた時。
ヴィヴィカが他の男と抱き合うところを目撃してしまいショックを受けて求婚するよう求められるも、朝が来たら自分ではヴィヴィカを失ったトーベの空虚感を埋めることは出来ないことに気付いてしまう。
寒そうなテラスで、二人してどんよりとした風景を眺める背中がなんとも切ない。

スナフキンのモデルと言われるアトスからは知性が感じられ、感情を抑え込むことで、期待や希望も我慢しているかのようで深い孤独を感じさせる。

小説のスナフキンは本人の意志によって一人旅をするのだが、それは他者とのコミュニケーションに煩わしさを感じているのもあると思われる。
だけど春には人恋しくなってムーミンの元へ帰るし、ムーミンもスナフキンの帰りを待ち望んでいる。
いつも一緒にいるわけではないが、互いを必要とする時には側にいてくれるトーベとアトスの関係性はまさしくムーミンとスナフキンのよう。

トーベを翻弄するヴィヴィカ

既婚者でありながらトーベを誘惑するヴィヴィカ。当時は同性愛が犯罪の時代だったこともあって背徳的な行為に溺れるトーベは、ヴィヴィカを華麗な竜に例える。
周囲に隠れて育む恋愛は、世界が二人だけで完結しているかのように独自の言語でコミュニケーションを取るトフスランとビフスランになぞらえた。
その愛は「たのしいムーミン一家」のトフスランとビフスランが”ルビーの王様”を大切に隠し持っていたかのよう。

トーベにとっての本業は画家で、ムーミンのイラストは仕事の合間の気分転換に日銭を稼ぐために描いたものという認識。だからイラストを褒められてもそれは自分自身ではないと考えている。
父の呪縛から抜け出すのも家を出た理由にあるだろうに、絵画以外を芸術と認められないことに父の影響を感じられて皮肉だ。

ヴィヴィカはトーベにイラストや小説の才能を見出して、ムーミンの舞台化を打診する。舞台の準備は滞りなく進むも、初演の前日ヴィヴィカは他の人と抱き合いトーベを傷つける。

ヴィヴィカにはいつも誰かしらの女が側にいて、その後パリで再会するもいたたまれなくなって、独りパーティーを抜け出して川沿いを歩いているとヴィヴィカが追いかけて来くる。
しかしトーベの愛の告白に対して「パリが好き」とはぐらかしたのは、トーベの愛だけでは満足出来ないという気持ちに他ならない。
そんなヴィヴィカを愛し続けることは出来ないから自分からきっぱりと別れるのだが、生涯のパートナーとなるトゥーリッキ(おしゃまさんに酷似)が、アトリエにやってくるところで物語を終えるので暗い印象は残らない。

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いくつかのムーミンの小説や漫画、そして短編小説などを読むと、トーベ・ヤンソンの作品には個性豊かな様々な人物が登場する。
その中にはたいてい、偏屈だったりいじわるだったりと嫌な人物も登場するのだけど、そういう厄介者であっても突き放すような感じがしないというか、人間の欠点も愛すべき個性として描かれている。
トーベ・ヤンソンが自由で優しい目線になれたのは、男女を問わず人を愛することであったり芯は強いけど繊細な面があったからこそだと思われ、そういうことを再確認させてくれる映画だった。


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