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焼け石に水(感想)_愛に囚われた人たちの絶望を美しい映像表現で

『焼け石に水』は2001年7月に日本公開の映画で、監督はフランソワ・オゾン。登場人物は4人のみで4幕構成となっている。
物語は室内だけで進行し、作品としては地味な印象のため人を選ぶ映画と思われるが、独特のユーモアや愛に依存してしまった人間の絶望がストレートに伝わってきて、映像の美しさもあって個人的にかなり好きな映画。
戯曲を映画化したらしく窓の外側から顔だけを見せたり、カメラ目線でのダンスなどあざとい演出も印象的だった。
2021年には日本でリバイバル上映をしている。
以下、ネタバレを含む感想を。


愛の深みに嵌まる人たち

70年代のドイツ、ベルナール・ジロドー演じる50歳の中年男レオポルド(以下レオ)の家へ、可愛い顔をした20歳の青年フランツ(マリック・ジディ)が連れて来られたところから物語がはじまる。

二人で酒を飲み、競馬ゲームをした後、フランツは学生時代に男同士でベッドに入ったが最後まで行為をしなかったこと、夢の中でコートを着た男に抱かれたことを告白する。
そうして、フランツはレオから口説かれると戸惑いながらも申し出を受け入れ、二人は同棲するようになる。
そんなフランツをかつての恋人アナが、フランツを家から連れ出そうとするも、レオに依存しているフランツは同意しながらもなかなか出ようとしない。

レオの帰宅後、レオの昔の恋人ヴェラ(アンナ・レヴィン)もやって来るも、飽きっぽいレオはアナにしか興味を示さず、アナも当初の目的を忘れてまんざらでもない様子のためフランツは面白く無い。
レオへの嫉妬と、それでもレオを愛していることに絶望したフランツは、レオの殺害が頭をよぎるも、結局は毒を飲んでの自殺を選択する。
しかしフランツの死体を見たレオの反応は淡々としており、電話でフランツの母への連絡だけして寝室へと戻っていく。

アナはレオから仕事を紹介されているが恐らくそれは売春のことで、やはりアナも飽きられたらレオに捨てられることが仄めかされている。
ラストシーン、ヴェラは部屋の窓を開けようとするも、どうしても開けられないところで終わるが、なぜ窓を開けようとしたしたのか。

空気を入れ換えるため、それとも後追いで自殺するためだったのか。いずれにせよ、ヴェラもレオに囚われ続けていることが示唆され、愛に依存してしまったことで行き場の無くなった人々のやるせなさを残して物語は終わる。

変化するそれぞれの関係性

この作品の興味深いのは物語が進行する過程で、登場人物たちそれぞれの関係性が変化するところにある。

部屋へやってきたばかりのとき、レオによるフランツへの対応は甘く優しかったのだが、同棲生活がはじまるとレオの態度はそっけないものに変化しており、一人の人間を愛することへの「飽き」が伝わってくる。

二人の最後のやり取りでは完全に立場が逆転していて、フランツによって「僕が必要なの?」と尋ねられたら、「君が私を必要だ」とそっけない態度。レオからの愛はすでに一方通行だということがわかる。
フランツにしてみたら、レオの愛が欲しくてたまらない感じが滲み出る言葉なのだが、あながち間違っていないから言い返せない。

アナとフランツの関係性も変化する。フランツを連れ帰るつもりでやってきたアナだったが、レオに篭絡されてしまうとフランツへの関心が薄くなっている。
レオとヴェラの関係も、ヴェラによって語られるとおり、最初は良好な関係だったがやがて飽きられ、性転換までしたのにやっぱり飽きて捨てられている。

レオによる人たらしの才能と、ベッドでのテクニックに人生を狂わされ、やがては依存していしまい、レオに新しい相手が出来たら嫉妬で苦しくなる。
そうして、捨てられた後でもレオのことが気になり、どうあっても逃れることが出来ずにレオに支配され続ける。そんなもどかしさと絶望だけが残るレオの存在はまるで麻薬のようだ。

日本版のチラシには「より多く愛するものは、常に敗者となる」とコピーが書かれていた。恋愛をゲームに例えるならば、追いかけた(または惚れた)方が負けということだろうが、これも愛のひとつのカタチ。


暗いテーマなのに、ユーモラスな映画

作品としてかなり暗く絶望的な話しなのだが、いくつかのユーモラスな演出のせいで作品鑑賞後の余韻には、なんとも言えない奇妙な感覚が残る。

「そろそろ服を着ろよ!」とツッコミたくなるのが、だいたい下着姿か裸のアナ(リュディヴィーヌ・サニエ)。
奔放な彼女のおかげでかなりシリアスな印象が薄れるし、1~3幕のラストにオルゴールのような可愛らしい音色をBGMに、ベッドで寝る人とドアの入り口へ立つ人の対比が繰り返されるのも妙な可笑しみがある。

そうしてラテン調のノリのTony Holiday「Tanze Samba Mit Mir」にのせてカメラ目線で踊り出す4人のシーンは本作品のハイライト。
ノリノリで踊る、レオ、ヴェラ、アナ(安定の下着姿)の3人とは対照的に、戸惑いがちにキレの悪い動きで踊るフランツは、アナに興味を示すレオから既に自分が飽きられていることへの不安がうかがえる。

そうして曲が盛り上がっているところを突然止めて「みんな寝室へ」と号令するレオに歓喜するアナとヴェラの様子も何度観ても笑ってしまう。それはレオという麻薬への中毒患者ともいえるのだが。


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