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Swallow/スワロウ(感想)_女でいることの屈託

『スワロウ』は2021年1月に日本公開の映画で、監督はカーロ・ミラベラ=デイヴィス。
ジャンルはスリラーとして紹介されており、針や電池などを飲み込んで排出または取り出す映像にグロさはあるものの、作品の訴えたいテーマの本筋は女性蔑視についてとなる。
主演のヘイリー・ベネットはもったりした童顔(役柄的にはピッタリ)なのだが、無駄を削ぎ落としたシャープで緊張感のある映像になっているのも印象的。
以下、ネタバレを含む感想を。

幸せそうな新婚夫婦

新婚女性のハンター(ヘイリー・ベネット)はニューヨーク郊外の邸宅に穏やかで優しそうな夫リッチー(オースティン・ストウェル)と二人で住まう。

朝、夫を会社へ送り出してからは広い家の中や庭の掃除など、家事をしたり趣味のイラスト描きなどをして過ごす。夕方になると食事の支度をして、着飾った服装で夫の帰りを待ち、ディナーではハンターお手製の凝った料理を一緒に食べながら自分は幸運だと口に出す。

しかし、非の打ち所の無い日常生活のようでいて、様々な綻びが微かな違和感として映し出される。
まず、一日の生活の中でハンターが他人と会話するシーンが皆無。別日に義母との会話シーンはあるものの、打ち解けた会話とは言えない。
また、夫の帰りを待つためにやたら着飾っていたり、薄暗い部屋で時間を潰すためにスマホでパズルゲームをして過ごす姿は異様。稼いでくる夫と献身的に尽くすハンターの構図は隷属しているようにもみえる。

妊娠が分かった後のリッチーの両親を交えたディナーもひどい。ハンターが話している途中で、いかにもつまらなそうに別の話題を差し込んでくる義父の態度にはいかにもハンターを見下した態度。

それでも誰もが羨むような邸宅に暮らして、表面的には優しい夫との生活を「幸せと思い込む」のだが、それがフリだということは義母に見抜かれているよう。

心をすり減らすハンター

相談相手や頼れる人も不在で、自覚の無いまま心を摩耗させたハンターは自己啓発本に書かれていた「毎日思いがけないことにチャンレジして」という文言に従って衝動的にビー玉を飲み込み、さらに尖った針を呑み込んでからは歯止めが効かなくなる。

徐々に飲み込むモノがエスカレートしていく様子は、リッチーとその家族が産まれる子供にしか関心を示さないことへの復讐のようだが、表面的には精神バランスを保っているし本人にそんなつもりは無い。
そうしてトイレで肛門から吐き出された異物は鏡台の前に誇らしげに飾られるのだが、それは自分自身を褒め称える勲章のようだ。

日々異物を飲み込むハンターの日常シーンのBGMでThe The「This is the Day」が流れる。
この曲の「今日、あなたの人生がきっと変わる 物事がうまくいく日」の歌詞が確信的で、牧歌的な曲の雰囲気も相俟って本作品で唯一笑えるシーンなのかもしれないが、だとしたらジョークの性質はかなりブラック。

エンディングの余韻の美しさ

胎内のレントゲンに異物が映り込んだことで異食症がバレ、カウンセリングを受けたことで徐々に回復の兆しが見えるも、異食症であることをリッチーが同僚に話していたりと夫の配慮の無さに苛立つ。
さらに心を許したからこそ話した自身の生い立ちをカウンセラーがリッチーに伝えてしまったことでハンターの精神は崩壊する。
施設へ幽閉されることを拒んだハンターは、着の身着のまま逃げ出して実母に連絡するも冷たくあしらわれたために、実父のもとへ向かう。

そこではバースデイ・パーティが開催されていて、ケーキを見てトイレで吐いたは、ハンター自身が生きる意味を見失いかけているなか、腹違いの妹にあたる子が祝福されていることを受け止めきれなかったショックによるものと思われる。

ハンターの母はキリスト教右派のため、強姦されたのに妊娠中絶できずに産まれた子だ。先の電話から実母との関係は良好ではないことが想像され、やっとのことで家を出て幸せな家庭を手に入れたと思ったら人間扱いされなかったことで居場所を失った。
そこで実父と対面し「私を恥だと思うか」と問い、否定する言葉を聞けたことは救いとなるが、同時にそれは自分の子供を産むか否かの選択にも影響してくる。

ハンターが存在するのは、望まない妊娠だったか母親が産んでくれたからだ。そのため子供を堕胎すればハンターの生きている理由も自分自身で否定しかねない。しかし産んだところで自分のような辛い経験をするかもしれない。
だからこそ、『罪を恥だと思うが、ハンターのことを恥だと思わない』と、強姦したことだけを切り分けて反省している父の言葉は重い。

中絶薬を飲んだハンターはトイレでひとり堕胎をして、鏡に映った自分を静かに見つめる。言葉はなく無表情のため心の内側は読み取りづらいが、ひとつの区切りはついた。

それから何事も無かったかのようにトイレを出て行き、見知らぬ女性たちが出入りする映像で終わる。
ハンターは誰にも気付かれずにひっそりと堕胎していた。だからこのラストシーンはハンターの受けた苦難が、すべての女性たちにも人知れずひっそりと起こっていることを暗示しているかのように受け取れる。

さらにこのシーンで静かにはじまるAlana Yorke「Anthem」がこの映画にハマっていて素敵だった。重苦しい内容のため何度も見返したい類の映画では無いのだが、この美しく余韻の残る曲の良さも相俟ってとても印象的な作品になった。
とにかくものすごく孤独を感じる映画。ハンターの心を理解出来るわけではないのだけれども。ハンターの気持ちには共感出来る。
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NY郊外に豪邸を買えるリッチーの家族が裕福なのに対して、ハンターの実家は恐らく中流もしくはそれ以下だろう。
序盤にハンターがリッチーに対して献身的なところにも結婚前の社会的な格差を想像させる。
そういえばヘイリー・ベネットは『ヒルビリー・エレジー』でも、白人貧困層の女性を演じており、出演作品にこだわりがあるのかもしれない。
また、ハンターはキリスト教右派なのでこれはトランプ前米大統領の支持層でもあったりするが、2022年6月には米連邦最高裁の決定によって中絶権が保障されなくなったのはトランプ前米大統領による指名人事の影響というのが皮肉で、妊娠中絶を出来なくて苦しむ女性の問題は過去の問題ではない。
だからこそ堕胎をしたハンターの決断には、信仰によって雁字搦めになるよりも個人の自由を選択したという強い意志を感じさせる。

さらに階級の異なる二人の結婚生活というのが、庶民出のシンデレラと王子様の結婚後を連想させるが、現実はこんなものかもしれない。

余談だが、本作ポスターのコピー「”欲望”をのみこんでゆく」がしっくり来ない。欲望というワードからエロ・シーンを連想させて、男性客を取り込むつもりだったのか。
私としては、ハンターが飲み込んでいるのは「心の傷」を具象化させたもので、飲み込んだ物自体はハンターの身体を通過するが、身体の傷が残るように、心の傷は沈殿していくというイメージだった。


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