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橋本治のクリスマス小説〈橋本治読書日記〉

橋本治の小説のなかでも数少ない(もしかして唯一の)クリスマスの話。タイトルは「おはぎとぼた餅」。

主人公の男子大学生が恋人(と思っている)女の子と一緒にクリスマスの夜を過ごそうとゴージャスなホテルを予約したのに直前にフラれてしまう。

橋本治がクリスマスを“恋人と過ごすロマンチックな日”とステレオタイプに考えているはずはないし、“いかにもなホリデー”に乗じてドラマを起こすことは、あまりにも橋本治とかけはなれた発想のような気がする。だから起こらない。
これは『冬・恋の物語』というアンソロジーの一篇で、15人の作家が一貫したテーマに沿って書いた小説を集めたものだ。そのテーマは“クリスマス+青春”。

青春は、自分のことしか考えられない時期のようで、実は周りしか見ていない、肝心の自分自身を見られない時期でもある。だから主人公の良明は恋人がいて嬉しかったし、クリスマスにはベイエリアのホテルを予約した。それが人並みだったから。
名穂美を恋人にしていたのは、名穂美という人間が好きだったからではなく、恋人がいることが人並みだったから。贈るプレゼントも、考えて準備した言葉も、全部人並みをなぞるだけ。でもそれに本人は気づいてない。だからフラレた理由も分からないし、「美しい制服を着たホテル中の男達が大笑いをするんじゃないかと思っ」てホテルにキャンセルを入れることができない。

“クリスマス+青春”で小説を書くということがそもそも、そのようにステレオタイプにどっぷりと盲目的に浸かっていることなんだと短編小説一本を通して言っているようだ。なんてお茶目で素敵な皮肉だろう。

この物語に希望があるとすれば、後半、良明の家でパートとしてハウスキーピングをしている梅野さんの存在だ。60を過ぎた彼女は未亡人の一人暮らし、“青春”や“人並みのクリスマス”から真逆の人物が登場することで話は俄然重層的に面白くなる。

もう彼女は人並みを怖れない。“青春”が再び自分のもとへやってくるのなら金を出してでも買いたいくらいだ。「いらないから」と行き場を失った良明のプレゼントを梅野さんは「買う」という。キャンセル料を払いに行く良明が不憫で、さらにホテルのキャンセル料の高さに驚いて、良明含め、友達みんなでクリスマスパーティーをしに行くことにする。梅野さんが声をかけた中に、良明の未来の恋の予感がほんのちょっと紛れているのがクリスマスっぽいといえばクリスマスっぽい。

場所がすごく変わるわけでもない、登場人物も家族をちょっと延長したくらいの身近で短い話。これは橋本治の皮肉を込めた話かもしれないけど、でも世界はいつだって思っているより広いし、人生は想像もしていなかった転がりかたをすることが感じられるいい話。


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