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「ただ病名が欲しかった」二次創作小説


深夜に出会ってハマって何度も聴いている曲です。
なので二次創作小説を作ってみました。作ってみてわかったんですが、ちょっと解釈違いかもしれませんが、ここに掲載しておきます


 ◆


「私を捨てるなら死んでやるーっ!」
 遠ざかる背中にそう叫んで、私は看護婦さんたちに取り押さえられた。
 それが××君との最後だった。
 私の腕に注射針が刺される。私の記憶はそこで曖昧になる。

 私と××君は、高校の時に出会い、惹かれあい、将来を約束しあった。××君は運動が得意で、バスケやサッカーなど、さまざまな種目で活躍した。シンプルに格好良かった。私たちはクラス公認のカップルで、お昼休みには机を対面にして、私の作ってきたお弁当を××君に食べてもらった。私のばんそうこうだらけの指を見て、××君、はにかんだっけ。
「辛い時は僕がコトハちゃんを支えるよ」
 さわやかな風のなか、私は、そう言ってもらった。コンビニに寄って、棒つきアイスを買って、それを開けようとしているときだった。告白のときみたいに恥ずかしくなって、私はなにも答えずアイスを口に含んだ。幸せだった。
 それがいまやどうだ。
 私はベッドに縛り付けられて、鎮静剤を打たれている。
 ××君は去ってしまった。去った理由はわかっている。私が魔女になってしまったからだ。
 空想現出病――思春期の女の子が百人に一人の割合で、罹る疾患。空気の中のマナを呪文なしに活性化させて、自らを中心とする迷宮結界を作り出す病気。人によってはどこまでも続く花畑、またある人によっては化け物の闊歩する塔。発現する症状は個々人の精神状態に依存し、有効な治療法は確立されていない。ただ鎮静剤を打ち、精神を静かに保つことでマナへの干渉を防いでいるだけ。それは迷宮化までの時間を伸ばすだけで、絶対に迷宮化を避けられるわけじゃない。私は遅かれ早かれ魔女になってしまう。
 こんな病気になったのが悪い。
 こんな病気になったから、××君は行ってしまったんだ。
「あ……」
 ぽろりと、頬を涙が伝った。ベッドのシーツはどこまでも清潔で、冷たい。消毒用アルコールのにおいばかりが充満していて、窓際に飾られたお見舞いの花のかおりなんかちっともしない。
 愛されていたよね? 私……。愛されていたんだよね?
 無機質な天井に答えなんか書いてあるはずもない。
 七歳のとき、公園で遊んでいる私の体を後ろから同級生が蹴飛ばした。「きゃっ」悲鳴をあげて地面に倒れた私の体を、同級生はさらに蹴って、遊んだ。頭を守りながら体を縮めるしかできない私を、同級生は笑いながらいじめた。どういうわけだかわからないが、私は彼に限らず、よくいじめられた。いじめられやすいらしかった。あるときは「これ、お前の」と言い、同級生たちが給食に毛虫を盛ってきた。ぐねぐねと動く毛虫の様子が気持ち悪くて、悪意もショックで、私はその場で嘔吐した。無理やり毛虫を食べさせられそうになったけれど、なんとか拒否した。教科書に落書きされた。あからさまに、聞こえるところで悪口を言われた。机がいつも廊下に出されてあった。上履きを隠された。体育着を濡らされた。トイレに入っているときに、水をかけられた。私は髪から雫を滴らせながら、誓った。「ぜったいに、幸せになってやる」。
 同級生たちと離れたかった。電車登校でギリギリ行ける場所の、かなり偏差値が高い高校に入学した。そこで私は××君と出会い、人並みに恋をすることをゆるされた。ようやく危害を加えられない生活を手に入れた。
 ようやく地獄のような生活から抜けて、これで、幸せになれると思ったのに。どうして、幸せは手からすり抜けていってしまうのだろう。
「辛い時は、支えるよって言ったじゃん……あれは嘘だったの……?」
 両手で顔を覆う。病衣から露出した腕に、大きな傷が開きはじめる。傷の断面はピンク色だけども、血は一滴も流れない。エラのように、呼吸に合わせ、その傷はパクパクと口を開ける。首にも違和感がある。鏡を見ずともわかる。私の体じゅうあるはずだ。私の空想現出が始まっている。気持ち悪い。気持ち悪いよ、こんな体、こんな病気。もういやだ。
 ――もう、死んじゃいたいよ。
 カッと傷は熱を帯びる。「う。……痛い」
 熱は収まらない。
「痛い、痛い、痛い、痛い!」
 ついに迷宮化してしまうのだろうか。それならば、そうなれと思った。迷宮化してすべてを飲み込んでしまえ。すべてを、怨みのままに、滅ぼしてしまえ。
 真っ黒な翼が生えて、この病室から飛びたつところを私は想像する。異形化した私は強い。私をいじめてきた同級生たちを訊ね歩き、彼ら彼女たちの頭蓋骨をてのひらで握り潰すのだ。
 バキィッ
 そんな音がするはずだ。

 私が爽快な気分に浸っていると、
「だめじゃないですか、コトハちゃん。そんなに興奮しちゃ」
 そんな声がして、現実に引き戻された。

 看護婦さんだ。看護婦さんは私の体中にぱっくりと開いた傷を見て、針と糸とを準備した。医療用ですらない、ただの針と糸。それらを使って私の傷を縫いあわせていく。痛みは全然ない。傷をみる看護婦さんの顔色も、あまり変わらない。××君とはやっぱり違う。××君は、病に侵された私を見て、顔をしかめた。
「ね、看護婦さんもあのとき一部始終を見ていたでしょ? 私、愛されてたと思う?」
「高校生の恋愛に真剣みとかあるのかな。ほら、恋愛って、結婚というゴールがみえてこないとさ、真剣になれないって人もいるでしょ。そもそも愛されてたっていうよりかさ、愛してたかのほうが重要じゃない?」
「私は愛してたよっ!」
 私は看護婦さんの言葉に叫んでしまった。
 でも、看護婦さんに焦りはない。
「名前も憶えてないのに?」
「……え」
 指摘されて初めて気づく。××君……名前……呼んでいたはずなのに、思い出せない。
「コトハちゃんだけじゃなくて、空想現出病に罹る子、みんなそうなんだけどね……。みんな、現実を忘れようとしているし、みんな、辛かった記憶を改ざんしようとするんだよ」
 そんなことしてない。私はそんなに弱くない。
 ああ……でも、××君の名前が……思い出せない……。
「私は愛されてたし、愛してた。愛されてたし、愛してた。この傷をみてよ、私は、私は……」
 声が震えた。堪えきれなくて涙が零れた。
「コトハちゃんの中で想いたいふうに想えばいいと思うよ。それは現実の一面だと思うから」
 縫われた傷たちが一斉に悲鳴をあげた。
 私の声はどこにも届かないんだ。


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