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心の箱 硝子の箱

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硝子の箱 ⑦

幼稚園年長さんの頃から受験塾にいくことになった。来年から入る小学校を公立ではなく、バスで通う国立大学附属小学校に入れたい母親の思惑でそうなったようだ。
本を読むことも、字をかくことも計算することも、どちらかといえばたぶん好きだ。でも受験塾は、同い年のこども達がいて大人の目がある。自分より早くできたり、上手にできた子がいてその子が褒められたりすると、すごくイラっとしていた。そう、きっと私は性格が悪

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硝子の箱 ⑥

私は音楽が好きだ。祖父母の家に小さなレコードをならすプレーヤーがあった。ピアノとソファとプレーヤーだけの薄暗い部屋。通りに面していてバスやトラックが通るとカタカタと窓が震える部屋。でもだれも入らない。静かなその部屋にひとりでよくいた。

小さいころにたくさんのレコードをもっていたわけではない。母親がおそらく買ってくれたと思われるレコードをかける。いわゆる童謡でおもちゃのチャチャチャとか、まいごの

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硝子の箱 ④

祖父母の家にはサルがいた。ブタオザルという種類のサルで、名はごんすけという。ゴンってよんでた。居間を隔ているガラス引き戸のへりに木の廊下があってその一番端にオリが置かれている。

オリはそんなに広くはないけれど高さは大人の背丈くらいあって、ゴンは怒ったり興奮するとオリの天井までのぼって体全体を揺すらせて歯をむき出したりする。そんなときはみていてゴンが怖い存在になるけれど、日頃は穏やかだ。座って

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硝子の箱 ⑤

私は私学の幼稚園に通っている。父親は石油を運ぶタンカーの船長で5~6ヵ月は日本に戻らない。父親が外国から帰ってきたときはとなりの町へ、また外国にいってしまったら祖父母のいるこの町に居候するために移り住むのだ。私学独特の品のよさも気に入っていたかもしれないが、幼稚園はバスで通園できる方が生活スタイルにあっているのも理由のひとつだろう。だから、私の幼少期の記憶は祖父母の家のことが多い。そして祖父母の家

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硝子の箱 ①

軌跡

記憶があるのは3歳のわたし。母方のおばあちゃんちにいる。父親が仕事で外国にいるから、母親は私と2歳年上の兄をつれておばあちゃんちで暮らす。

おばあちゃんは町の薬屋。田舎の町北島町。薬剤師をしている。孫の私がいうのもなんだけど、美人でまた彼女はそのことをよーく自覚している。と、幼い私は思った。
何故かというとまず時間をかけて髪のセット。長い髪をアップにまとめる。隠し毛をいれてボリュ

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硝子の箱 ②

おばあちゃんの薬屋は町の交差点の角にある。となりではおじいちゃんが歯医者をしている。
歯医者で処方された薬をだすこともあるから、薬屋の店は調剤室もある。すこし暗くて硝子の瓶や天秤や薬包紙が、古い木でできた薬棚においてある。
なんの薬かさっぱりわからないけど、濃い藍色でできている硝子の瓶とか、うすい琥珀みたいな液体が入った透明の瓶とか、薄暗い部屋のなかで魅惑的に光る。分銅箱から小さい薄汚れたうすいお

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硝子の箱 ③

硝子の箱 ③

歯医者のおじいちゃんは、背が低くて丸顔で鉄腕アトムに出てくる御茶ノ水博士みたいな風貌。とっても優しかった。時間がある時にはベレー帽をかぶって職場の技工士さんをつれて喫茶店にいく。

ルートという名前のお店。少し薄暗くてオレンジ色のランプが店内に灯ってガラスの陰をつくる。やわらかい光が店内に影を落とす。おじいちゃんは、多分コーヒーを飲んでいたんだと思うけど、たまに連れていってもらった私の記憶には

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