硝子の箱 ⑤

私は私学の幼稚園に通っている。父親は石油を運ぶタンカーの船長で5~6ヵ月は日本に戻らない。父親が外国から帰ってきたときはとなりの町へ、また外国にいってしまったら祖父母のいるこの町に居候するために移り住むのだ。私学独特の品のよさも気に入っていたかもしれないが、幼稚園はバスで通園できる方が生活スタイルにあっているのも理由のひとつだろう。だから、私の幼少期の記憶は祖父母の家のことが多い。そして祖父母の家から幼稚園にバスに乗ってかようのだ。

幼稚園に近所の友達はいない。知らない顔ばかりが集まっている。楽しそうにみえるこどももいれば、意地悪な顔つきにみえるこどももいる。みんなと一緒に遊べば楽しいのかもしれない。だけど私はこどもの輪の中に入ろうとしない。こどもどおしで遊び慣れていないせなのか、或いはもともとそういう意固地な性格のせいなのか。『いーれーてー』なんて絶対いえない。いいたくない。『はいる?』ってきいてくれたら『いいよ。』っていえるのに。そう思っていた。

当然私はひとりでこどもたちが遊ぶのを眺める時間が多かった。ある時気がついた。背が高くてかわいい女の子がいて、その子のまわりはいつも男の子がたくさん寄ってくるのだ。そしてその女の子はよく笑う。いつも楽しいことばかりだよってキラキラしながらみんなに魔法をかけているみたいだった。

こういう気持ちのことを嫉妬というのか、羨望というのか。鏡をみて笑ってみる。だめだー。あんな幸せの魔法は私にはかけられない。なにが違うのかな。あの子、髪の毛も長くてかわいいな。よし、まず髪の毛をロングにしよう。鏡にいるオカッパ頭の私に語りかけた。そして洋服も、白のフリルのついたブラウスをお母さんに頼もうって思った。

女の子は笑顔がいいねって大人になってからたくさん耳にした言葉だけど、とっておきの笑顔は今でも難しい。でもー、幼稚園のあの頃よりはずいぶん社交的になったと思う。そして時々笑顔でいるのも友達の輪の中にいるのにも疲れてひとりでいると、幼稚園の頃に戻った感覚になる。

この一人ぼっちの感覚、私らしくて実はしっくり感じるときもあるんだ。キラキラしながらみんなに魔法をふりまきたいのか、ひとりで離れた世界から静かに暮らしたいのか、答えはまだみつからない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?