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【総合診療POEMs】第2回 緩和ケアを開始するタイミング

いつ,どのような患者に緩和ケアを始めるべきか

 筆者が学生だった15年前,QOLという言葉を教わり,がん患者のケアの場合,「治療手段がもうなくなったので,ホスピスで……という時代ではない」と知った.それ以来,がん診療は病状の進行とともに腫瘍治療から緩和ケアに比重を移行(図1)していくことが望ましく,「がんと診断された時点で緩和ケアは始めるべき」ものだと思い込んでいた.しかし,わが国のがん診療の多くはいまだにがん連携拠点病院以外の急性期病院で担われているにもかかわらず,がん携拠点病院の「緩和ケアの専門チームにつなぐ体制の構築」や「患者の意思決定支援に関する体制整備」ですらようやく緒についたばかりである 1) .高齢化の進展により,がん罹患者が増え,そして多疾患併存のがん患者も増える現在,腫瘍治療とともに適切な緩和ケアがきちんと提供される必要があることは読者の皆様にとっては当たり前の臨床課題であろう.
 がん専門病院のように腫瘍専門医+緩和ケア専門医のチームで診療に当たるというケースはまだまだ少ない.そして,実際には,腫瘍専門医が主科となって腫瘍治療にあたりつつ,疼痛が困難になったら麻酔科,糖尿病などの内科疾患があれば内科などにコンサルテーションすることが多い.患者自身も腫瘍専門医に依存する傾向にあり,早期から緩和ケアを開始ことが難しいのが現状である.
 このような現状のなか,プライマリ・ケア医としてがん患者にいつどのようにかかわるべきなのであろうか?

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今回取り上げる論文は これ!

Kamal AH,Bausewein C,Casarett DJ,et al:Standards,Guidelines,and
Quality Measures for Successful Specialty Palliative Care Integration Into
Oncology:Current Approaches and Future Directions.J Clin Oncol,38(9):987-994,2020.
PMID:32023165

この論文が出てきた背景

 近年まで,がん診療の一環として緩和ケアを行うことは,治療手段がなくなった終末期になるまで行われていなかった.病気の初期段階で緩和ケアを開始すること(=早期緩和ケア)のメリットについてエビデンスが増えるに従い,一般的ながん診療に専門的な緩和ケアも盛り込むべく,さまざまなガイドラインが策定されてきた.しかし,緩和ケアの再現性や質の確保といった点については臨床医になかなか知られていないことから,それらについて横断的に論じようとしたレビュー論文である.

この論文の概要

 がん治療と緩和ケアの統合(以下,がん統合ケア)について言及されているガイドラインや論文などを分析し,とくに頻繁に引用される3つのガイドラインを軸に共通点・相違点を明らかにしつつ,より患者中心の医療を実践するためのアイディアを提示している.
 がん診療と緩和ケアの統合に関して多くのガイドラインが言及しているが,緩和ケア専門医への紹介(=狭義での緩和ケアの開始)の基準に関して合意されたものはなかったという.また,緩和ケアの開始に関して,多くは疾患の重症度,予後,治療可能性/治癒可能性,(腫瘍治療と緩和ケアとの)費用対効果に関する視点から論じていて,患者と介護者の苦痛とニーズに言及しているものは少数であるとしている.
 一方で,予後にとらわれずに緩和ケアを行うことで患者のQOLを改善することが,いくつかのがん統合ケアの事例だけでなく,新薬の開発により多くの悪性腫瘍の推移がより慢性疾患に似たシナリオになりつつあることからも明らかであるという.筆者たちはがん治療の急速な進展とそれに伴い患者予後が目まぐるしく変化している現在,緩和ケアの開始にあたっては,これまでの予後または疾患の重症度に基づくものから転換が必要であると主張している.すなわち,緩和ケアの考え方の核は,診断や重症度,または疾患修飾治療の可能性と関係なく,あくまでも患者とその介護者のニーズを満たすことにあるとしている.
 以上のような観点から,すでに悪性腫瘍と診断された時点で,QOLに関連する複数の項目(たとえば,症状,感情面での懸念事項,自立度,心身機能など)についての定期的かつ体系的なスクリーニングと評価を行う必要があり,このような包括的な事項を患者と介護者のニーズとともに評価することにより,医師は緩和ケアおよび支持療法におけるcomplexity 注1 を判断可能になると主張している.そしてそのcomplexityがより深い患者ほど,より早い時期に緩和ケアを開始することを提案している.

注1:Carduffらによると,緩和ケアにおけるcomplexityとは,ニーズのもつ多次元的側面,併存疾患,難治性の症状,および複雑な社会的および心理的問題の間の相互作用に起因する複雑性であり,たとえば患者-医療者間のコミュニケーション不足を複雑性を増すものとしてあげている.

この文献のポイント

この研究のよいところ
 過去約15年のガイドラインや主要論文におけるがん統合ケアに関する議論の単純な総説にとどまらず,がん治療の進展により,illness trajectoryがより慢性疾患のそれに近づきつつあるという疾病の構造変化を反映し,がん統合ケアのあり方を転換しようとするものであること.
この研究の弱点
 その手法が単純な効く/効かないを論じているのではなく,サービスの質や提供手法といったシステムに関することであるため,単純にその是非を評価するのは難しい.

この文献が 日常診療をどう変えるか?

 「いつ,どのような患者に緩和ケアを始めるべきか」という漠然とした疑問を抱えていた筆者に対し,この論文は「いろいろと複雑な事情を抱えていて,大変そうな患者ほど早く始めたほうがよい」と,まさに総合診療・家庭医療専門医のポートフォリオでいう複雑困難事例ほど早期緩和ケアを必要としているということを明らかにしてくれた.
 緩和ケアというと,疼痛への対応が中心であると考えていた.このため疼痛がコントロールできている場合には緩和ケアの導入は先送りする傾向にあったと思われる.しかしこの論文ではACPや意思決定支援,家族の支援といった内容も緩和ケアの項目として取り上げられていた.こういった内容はわれわれ総合診療・家庭医療専門医が得意とする分野である.われわれの専門性を十分に発揮できる分野であると確信し,がん患者と向き合う際に取り入れていこうと思う.

引用文献
1)厚生労働省:がん診療連携拠点病院等の整備について.健発0731第1号,平成30年7月31日.
https://www.mhlw.go.jp/content/000347080.pdf
2)Kamal AH,Bausewein C,Casarett DJ,et al:Standards,Guidelines,and Quality Measures for Successful Specialty Palliative Care Integration Into Oncology:Current Approaches and Future Directions.J Clin Oncol,38(9):987-994,2020.
3)World Health Organization:Cancer pain relief and palliative care,World Health Organization,Geneva,p23-41,1990.

※本内容は「治療」2021年6月号に掲載されたものをnote用に編集したものです


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