見出し画像

不思議な猫地名「猫手(ちょっけ)」の歴史をたどる

 2月22日は猫の日ですね。以前から不思議な猫地名として何度か紹介してきた「猫手(ちょっけ)」について、今回あらためて詳しく調べてみました。

図1:地形図でみる猫手(ちょっけ)
(地理院地図にて作成)

 「猫手(ちょっけ)」は茨城県筑西市猫島(ねこしま)という大字(おおあざ)に含まれる字(あざ)です。猫島は江戸時代までの「猫島村(猫嶋村)」の範囲で、字は小さな村の中のさらに狭い範囲を示しています。

過去の地形図で地名をたどる

 現在の地形図の表記を地理院地図で見ると「ちょっけ」というふりがながあります。ただ、今昔マップ(過去の地形図をWeb上で閲覧できるサイト)で見てみると、明治時代の地形図には「猫手」に「チョッカイ」とふりがなが付いていました。その後、戦前の地形図では「チョッケ」となっています。

図2:猫手(ちょっけ)の地図上での記載の変化
(今昔マップ on the webにより作成)
※左上:明治38(1905)年測図五万分の一『真壁』
※右上:昭和15(1940)年二修五万分の一『真壁』
※左下:昭和54(1979)年二編五万分の一『真壁』
※右下:最新の地理院地図           

 もしかしたら「猫手(ちょっけ)」にも言葉の変化があるのかもしれないと考え、できるだけさかのぼって資料を集めてみました。

猫手(ちょっけ)の歴史を調べる

 地域の歴史を調べるとき、まずは自治体史や地誌を参照します。猫手を含む猫島は市町村合併で筑西市となる前は真壁郡明野町だったので、『明野町史』(明野町史編さん委員会 編, 1985)を読んでみました。国立国会図書館のデジタルコレクションにあるので、利用者登録をすればオンラインで閲覧できます。

 『明野町史』によると、猫手を含む猫島村では「常陸国真壁郡内猫嶋村地詰帳」(慶長拾弐年八月五日:1607年)という土地の記録が残されていました。国会図書館のデジタルコレクションでは全文検索ができ(とても便利です)、そこで「猫手」を検索すると・・・なんと地名が記録されていました。しかも平仮名です。町史に書かれていたのは、村内の田の所在地についての記載でした。

「まへた(前田)、まへ山、竹下、ちょかいた(猫手田)・・・」(『明野町史』、P.326)

 括弧書きの漢字は史料(地詰帳)の読み取りをした方が付けたと考えられるので、史料には仮名で「ちょかいた」と書かれていたようです。江戸時代初期にはすでに「猫手」の地名はあり、その読みは「ちょかい」だったと考えることができそうです。

 明治期の地形図に「猫手」のふりがなとして「チョッカイ」と書かれていた理由も理解できます。その後、より現地での読み方に近い形で「ちょっけ」へと記載が変更されたということかもしれません。

 ここで確認したとおり、地名にはいくつかの側面があります。地図への記載のされ方、現地での発音のされ方、さらにそれらが漢字なのか仮名なのかといったことです。今回は偶然にも江戸時代の地名が仮名で書かれていて読みが分かりましたが、なかなか読みをさかのぼって復元するのは難しい作業です。また、「猫手」のような字は字図と呼ばれる現地での詳細な地図にしか記録として残らない場合も多く、その読みを確認できたのは幸運でした。

農地の情報から猫手(ちょっけ)の範囲を地図化する

 大字猫島の中にある猫手の範囲が気になるので、全国農地ナビを使って耕地の位置から字の範囲を推定することにしました。

図3:農地ナビでの農地情報の参照画面

 農地ナビでは都道府県・市町村からさらに大字まで範囲を指定することができ、絞り込んで表示された農地の情報をGeoJSONファイル(地理院地図で表示できる地図データ)で保存できます。国土地理院が公開している地理院マップシートで情報を確認すると、また新しいことが分かりました。

図4:猫手(ちょっけ)の範囲
(eMAFF農地ナビのデータをもとに地理院地図にて作成)
図5:猫手(ちょっけ)の範囲(拡大)
(eMAFF農地ナビのデータをもとに地理院地図にて作成)

 なんと、「猫手」には他にも「猫手前」「猫手後」がありました。猫手は家屋の集中した田の範囲で、猫手前はその南側の畑の範囲です。猫手後はなぜか1筆だけで、周りは別の字に囲まれていました。「猫手」の範囲を地図化したのはおそらく私が初めて・・・かもしれません。

地名の謎を解き明かそう

 地名の歴史をたどる際、様々な史資料を参照することが可能です。現在ではデジタル化も進み、資料の収集にとても便利な環境が整っています。基礎的な方法を大切にしつつ、必要に応じて現地調査も行うことで、地名の謎を少しずつ解き明かしていけたら楽しいですね。皆さんもぜひ身近な地域の地名を調べてみてください。にゃー。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?