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地名の話

 今日は、7月28日が「地名の日」ということで、地名の話をしたいと思います。このタイトル、読む人が読めば分かるのですが、柳田國男の真似をしています。

柳田國男と地名

 柳田國男は日本の民俗学の確立に大きく貢献した人物であり、地理学の概論では蝸牛考(カタツムリの呼称の地域差)で有名です。柳田は当時の地理学者とも接点を持っており、実は地理学評論にも寄稿しています。柳田國男(1932a)「地名の話(上)」地理学評論 8(5), 422-440柳田國男(1932b)「地名の話(下)」地理学評論 8(6), 521-537です。ここでは主に、当時の地名研究の動向や、地名の類型に関する説明をしています。

地名はただの雑学?

 「地名は雑学の話題にしかならない」と思っている方、いませんか?もちろん面白い地名を見つけて情報共有するのは楽しいですし、そういった楽しみ方は私も好きです。ただ、地名を研究することには、雑学以上の意味があります。学術的なレベルでいえば、地域の歴史や文化の保存や継承、検証に役立ちます。また、地名として刻まれた過去の人々からのメッセージを読み解くと、災害への対策など、社会の安全のための研究も行うことができます。

 災害地名を文献資料とフィールドワークの組み合わせで検討した研究として、村中亮夫ほか(2017)「津波地名やその由来は継承されるのか?―山奈宗真著『岩手沿岸古地名考 全』の追跡調査―」地理科学 72(4), 223-246.があります。

地図にない地名

 「地名を考えるなら、地図だけ見ればいい」と思っている方へ。地図に現れない地名にこそ、人々の生活が記録されていると考えることができます。そして、ミクロな(微細な)地名は地形図などには記録されず、住んでいる人の口承によって伝えられている場合も多いです。また、地区や集落よりさらに小さい、耕地1枚ごとなどの名称も、地名ととらえる研究があります。こうした地図に現れない地名は、丁寧なフィールドワークを行うことで初めて可視化でき、地図上に表すことができます。

 代表的な研究として今里悟之(2012)「長崎県平戸島における筆名の命名原理と空間単位―認知言語学との接点―」地理学評論 85(2), 106-126. などがあります。

さまざまな分野との交流の接点としての「地名」

 地名の研究は地理学だけで行われるものではありません。むしろ、詳細なフィールドワークや文献資料をもとにした検討は、民俗学や歴史学の貢献がとても大きいです。

 民俗学では、冒頭で紹介した柳田國男に加え、谷川健一の研究があります。「地名の日」は、谷川の誕生日にちなんでいるそうです。谷川健一が民俗学について分かりやすく解説した書籍としては、谷川健一(2008)『FOR BEGINNERS 民俗学の愉楽』(現代書館)があります。地名についても丁寧な解説があり、動物地名についての事例で「猫地名」についての説明もあります。また、谷川が柳田國男について説明した谷川健一(2001)『柳田国男の民俗学』(岩波新書)では、アイヌ語地名に関する言及もあります。

 さらに、歴史学の分野で丁寧なフィールドワークをもとに微細な地名を聞き取りから地図化した成果として、服部英雄(2003)『地名のたのしみ―歩き、み、ふれる歴史学』(角川ソフィア文庫)があります。

地名研究と政治地理学

 地名は一般の人の関心も集めやすいものですが、それを研究対象とする場合は、何らかの研究目的や研究方法が必要です。また、地名は楽しい話題になるだけでなく、政治的な対立の背景となる場合もあり、その点で政治地理的なテーマでもあります。領土や領海などをめぐる議論で、ある場所をどのように命名するのか(してきたのか)は重要な論点です。

 最近では田邉裕(2020)『地名の政治地理学―地名は誰のものか』(古今書院)のように、体系的に地名と政治地理学の関わりを説明した書籍も出ています。この本は、政治地理に限らず、地名について考えるための基礎的視点が体系的に整理されているのでおすすめです。

 このほか、地理学の学術雑誌にはほかにも地名について論じたたくさんの論文がありますので、関心のある方は論文検索サイトのCiNiiなどで調べてみてください。

まとめ―地名の世界をみんなで広げよう

 そして最後に皆さんにお願いと提案があります。身近にある地図に現れない地名を、ぜひ白地図を使って聞き取るなどして集めてみていただきたいです。たとえば、年代や居住年数、普段の生活の範囲などによって、地名の認識は様々です。ご家族やご近所の方に地図を使った聞き取りをしてみると、「おじいちゃんとおばあちゃんで近所の場所の呼び方が違う」、「田中さんの家と佐藤さんの家だけはあの場所を◆◆と呼んでいた」、「地図には載っていないけれど、この地区の人たちはあの神社のあたりを◎◎と呼んでいる」といったことが分かってきます。夏の自由研究にしてみてもいいかもしれませんね。自由研究に年齢は関係ありませんから、ぜひ色々な方に取り組んでみてもらいたいです。

 みんなで広く深い地名の世界を知り、みんなでさらに広く深くしていきましょう!


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