『saṃsāra(サンサーラ)』9

9      瓜
 
「でも今の鐘ぎゃ、もう四回もなっていたざなんですね」ツンという音の様子で彼女は言う。犬はすまなそうな顔をする。途中であたしも旦那様も寝てしまって。言い訳じみた顔をどこにと言う訳でもなく向けている。
馬はその様子を見て、取り繕うとしている。けれども言葉が出てこない様子で。
「仕方がなかったんだ。ここまで来るのにもいろいろ一筋縄ではいかなくてね」何とか私は間を取り持とうとするのだけれど、それだってそんなことをしても仕方がない。
「ここで時間ぎょ取ってしまう暇はありませんので。たったと行きましょうじ」
まだ言葉は少しずれてはいるが聞き取れないほどではない。
馬の後ろにはいつのまにか荷車が置かれている。荷車から馬に綱が結ばれている。どうやらそれは、私たちのために用意されているもののようだった。
彼女は何も言わずに馬の背に飛び乗る。馬は優しく私たちに荷車へ乗れと目で合図する。
のろのろと、そちらへ犬と私が乗り込むと馬は来た道を戻り、走りだす。
 
馬の力強い走りは休むことなく続いていく。
荷車の乗り心地は、あまり褒められたものではなかった。大きな真っ赤な水をたたえた池のそばについたころには、それはより一層激しくなる。
「ちょ、ちょ」私は上ずった声で助けを求める。
馬の背の娘はもちろんその声を聴いていただろうが、まるで相手をする様子はない。
それを見て犬は震えだす。
「だ、旦那様。す、すごい速さですね。こ、これなら間に合いそうですね。た、ただ振動が、、振動が!」がたがたと震える荷車の上で犬が叫ぶ。私もさすがにつらいよと訴えるのだが、まるで馬たちは容赦がない。
ところで、何に間に合うというのだろう?それだけは、いまだにわからないが。
そんなことよりこの振動が、とてもじゃないけど耐えられない様相になったあたりで、馬がぴたりと足を止める。池の周りを半周もしたころだろうか。
私と犬もそれの反動で、荷車の上をころりころりと転がってしまう。
「仕方がないよ、馬だからね。ゆっくり行くものも出来るけれど仕方がないんだ。そんなことと言っている場合でもないしね」馬から降りた娘は、私たちが荷車から降りてくるのを待っている。
目が回った様子でなんとか降りてみると、いらいらした面持ちの彼女から、真っ赤な池の水をかけられる。
いつの間にか手に持っていた手桶で、ばしゃりばしゃりと顔に体に容赦なく飛んでくる。
私の体も、犬の体もすっかり赤く色づいている。
彼女は気が済んだのか、手桶の雨が止める。息も絶え絶え、赤い顔をしているだろう私は
「なんだってそんなことするんだ!」大きな声を出してしまう。彼女はそんなものなど、ひとつもかまう様子がない。
犬も特に何を言うでもなく、ただびょしょびしょの体を震わせる。
私はそのしぶきによって、さらに濡れていく。染まっていく。赤に。朱に。
二度三度体を震わせた犬は、犬はあきらめたかのように荷車へと戻っていく。
娘は気が付けばもう馬の背にいた。娘の手にあった手桶はいつの間にか消えてなくなっている。
ずぶぬれだったはずの私の体もすっかり乾いている。赤く染まってしまったものと思ったのだが、よくよく体を見てみると私の体の色は、前と変わらず赤くはなかった。
彼女は私に合図を送る。荷車に乗れと。私が戸惑っていると。首をそちらへ向け早く乗るように促す。馬は大丈夫ゆっくりでと、言うような穏やかな目で私たちを見つめる。
不承不承荷車に乗り込むと、馬は思い出したかのように、また駆け出していく。
振動も同じように戻ってくる。あたりは何度目かの薄暗さを連れてくる。

ひとまずストックがなくなりましたので これにて少しお休みいたします。 また書き貯まったら帰ってきます。 ぜひ他の物語も読んでもらえると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。 わんわん