『saṃsāra(サンサーラ)』2


2        鳥
 
門番の姿は大きな鳥。少なくとも私の目にはそう見える。
駅員の切符切りの様相である。どこからかカチャカチャ音を奏でている。
多分切符を切るハサミで音を奏でているのだろう。
私が見る彼の姿からは切符を切るハサミはどこにも見えなくて。音は中空に突然現れたかのように響いている。
カチャカチャカチャ
土手の上の門につながる入口に門番は2人。
青い鳥と赤い鳥だ。
彼らの体の大きさは、冗談のように大きい。一つ目の赤い鳥。八つ目の青い鳥。どちらも不正解でどちらも正解の様相だ。人々はきちんと一列に門番の横を通ろうと並んでいる。幾人も。
私たちも彼らに倣って人々の列の最後尾に立つ。
人々は門番の横で尋問のようなことをされながら、切符を手渡し早く切って中へ通してくれと祈っている。
この祈りは何の為のものだかを思うと少々笑えてくる。犬もそう感じているのだろう。少しばかり遠くを見やりながら
「もうすべては決まっているのに」というようなことをつぶやいている。
私にもそれはわかるし、彼らもそれを知っているに違いない。でも彼らも誰もかもが、あの鳥たちの前では祈らざるを得ないのだ。
そう、たぶん私も。愚かな行為に縋らなくてはいけないのだろう。
一人また一人。門番に選別をされていく。あなたは右へあなたは左へあなたは進んで、お前は帰れ。
帰らせられるものの顔はどれも暗い。どの顔も下を向いているが感情を体から外にしみ出している。さほど多くはないのだが、何人かの一人は強い口調で帰らせられる。
「お前はだめだ!すぐに戻れ!」そんなことを言われている。何かの基準を満たしていないのか、強い口調で鳥は追い返す。帰っていく者の基準は誰にも分からない。そして誰もが不満そうで。また誰もが満足そうだ。
その中でやはり帰らされる者の顔だけは、どれも辛そうだ。
一緒に携えている、猫やら亀やら、ブリキのおもちゃまでもが申し訳なさそうな顔をしている。
そうこうしているうちに私の番まであと二人。私の担当は青い鳥。
鳥の姿は近づくにつれ、その大きさが最初の物とはかけ離れているように、もう門の大きさよりも、大きいのではないかと思えるくらいの感覚になっていた。
八つ目の青い鳥は、私の前の者に大きな声で
「お前は今すぐ帰れ!」と伝える。
前にいる者は、唇を震わせながら何かを訴えている。何度も何回も。頭を下げ。頭を振って懇願している。
青い鳥はそれを聞くでもなく、カチャリカチャリとどこかに持った切符切りばさみで拍子をとっている。
そう、すでに決まっているのだ。
彼らが決めているわけではなく。彼らは判断しているだけなのだ。白いものが白い様に。黒いものが黒い様に。左に行くものは左に。右に行くものは右に。前に進めるものは進んで。
帰るものは帰るのだ。
そう、もう全部決まっているのだ。
浮かない顔をした前の者は、その目を少し光らせている様だった。丸くした背をぴんと伸ばしたかと思うと、来た道を走っていく。勢いよく。
私の番がやってきた。犬は少し緊張しているようだ。
「旦那様。順番ですよ」声が震えている。
「ああそのようだね」私の声は震えていただろうか。何かの選別が始まる。
カチャリカチャリカチャリ
 
八つ目の鳥の目の全てが一度に私に注がれる。
小さな声で犬が言う。
「旦那様。切符」
慌てて外套のポケットをまさぐる。さっき確認した切符。小さい紙片を探す。慌てれば慌てるほど出て来やしない。
カチャリカチャリカチャリ
八つ目の鳥の目が私の手元を見ている。
犬はしびれを切らす。
「旦那様。切符ですよ」声が裏返っている。
外套のポケットが急に光りだす。青い鳥はそれを八つの目で見ている。そしてすべての目が微笑みだす。私はただ慌てている。頭の中が白くなる。
祈るようにポケットまさぐる。
カチャリカチャリカチャリ
 
「どうしたい?」
問いかけに言葉を失う。
彼の言葉は決して大きな声ではない。
だけれどもはっきりと伝わる。意思のある言の葉。
「ええと」何かを絞り出すように出した言葉。私の言葉。
おぼつかない言の葉。
いつの間にか手に切符が握られている。
鳥はちらりとそれを見やる。
「あなたは進め」
門番は私の切符を切る。カチャリ。何度も鋏を入れた跡のある切符は、私のために今一度鋏を入れられる。
すると目の前の門があわてて開き始める。大きな音を立てて開く。遅れてはならないという意思を感じる。
その様子を見ていた犬は、大きなため息を一つつく。私も腰が抜ける思いだ。その場に座り込んでしまった。が、赤い鳥がそれを見る。大きな一つの目で。私に伝える。言葉の無い言の葉で。
カチャリカチャリカチャリ
私はあわてて立ち上がり、門を転がるようにくぐっていった。
犬は嬉しそうな顔をしている。
私もそんな顔をしていたのかもしれない。
門をくぐった先には白い花の土手が続いていたが、
そこでは夜が私たちを待っていてくれた。


ひとまずストックがなくなりましたので これにて少しお休みいたします。 また書き貯まったら帰ってきます。 ぜひ他の物語も読んでもらえると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。 わんわん