私のnoteは著名人の発信1つより、とっても無力だとしても。

「ねえ、HSPの本貸してくれない?」

母から急にLINEが届いた。

母は還暦を過ぎてからカウンセラーとして仕事をしてしているのだけど、勝間和代さんのYouTubeを見てHSPの大変さがわかったらしい。

(↑わたしは見ていません)

そして自分のクライアントさんもHSPかもしれないから、本を読んで勉強がしたいとのことだった。

わたしはそれを聞いて、「おいおいおいおい」と結構落ち込んだ。

なぜかというと、数年前に初めてHSPの本に出会い、長年の生きづらさはこれや!と衝撃を受けたときに真っ先に話した相手が母だったから。

「そんなん気にしすぎや!!」
「そんな風に自分がこんな気質やと決めつけるから、しんどくなるねん!」

返ってきた反応はこれ。ああ、これが世間一般の人が持つ感想なんだろうなと実感した。

だからもう、自分からHSPであることを大っぴらにはしないと決めた。だって、ほとんどの人が当事者ではないわけで(5人に1人がHSPと言われている)、理解してよと言ったところでわかるはずがないから。

母の反応は悪意も何もなく、ただ単に「わからないから」。

今回は、わたしが長年言い続けて来たことなのに、勝間さんという著名人の発信には食いつくのね…と、ただ悲しかった。

結局、身近な人間の訴えよりも、著名人の発信を信じるんだな。

✳︎

最近、多くの著名人がHSPについて発信しているのを見かける。

母の反応は別におかしいわけじゃなく、多くの人が同じだろうと思う。身近な人間の訴えは距離が近いゆえにスルーされやすく、著名人がたくさん発信を始めるとようやく理解されるようになる。

そしてわたし自身、『HSPだからこんなに辛いんです!」と言いまくりたくない。

持って生まれた気質なのだから、自分を受け入れて、セルフケアをすること。今の時代に生まれてしまったんだから、どうにか少しでも楽になれるように試行錯誤するしかないと思っている。

でもこんな風に長年話していても、著名人の発信を見て「そんなに大変なんか」「5人に1人の割合らしいね?!」と言われると複雑な気持ちになってしまう(だから前からそうやって言ってるやん!!と言いたくなる)。

普通の人間、身近な人間の訴えよりも、著名人の「たった1つの発信」の方が人を振り向かせる。

そんなの当たり前なことだけど、正直むなしくなってしまう。

宝塚だって、わたしがコツコツとnoteで発信するよりも、ヅカファンな有名人(北川景子さんや、引退してしまったけどまゆゆなど)が「宝塚はいいよ!」と発信した方が興味を持つ人は断然多いだろう。

だがしかし。

それでもわたしは発信をやめないぞ。

まず何よりこうして書くことが好きだし、小さな声でも、いつ誰に届くかは分からないからだ。

わたしの声では行動に移さなかったとしても、頭のすみっこに引っかかり、母のように著名人の発信を見たときにピン!!と来るかもしれない。

1人でも多くの人が宝塚を知り、繊細で生きづらいことには理由がある(HSP)ということを知り、その結果人生が楽しく、楽になることが最終目的なんだ。

だからこうして落ち込むことがあっても、わたしは発信をやめない。

きっとこんな現象がいろんな分野で起きているんだろう。人は誰でも自分が当事者じゃないことへとっても鈍感だ。いくら身近な人が訴えても、無意識にスルーしたり、なんならめんどくさいと思ったりしている。

わたしだって、知らない間にスルーしてることがたくさんあるはず。理解するよう努めても、どうしても一緒にいることが難しくて離れた相手もいる。

それでも、少しでもみんなが生きやすい世界を創るためには、当事者が声を上げ続けるしかない。いつ相手に刺さるかは全く分からないし、死ぬまで理解してもらえないかもしれない。

そうだとわかりながらも、多くの人たちがいろんな分野で発信をするのは、理解できなくても、無関心でいることは避けられるかもしれないから。

知ることによって、「あなたはそうなんだね」と思えるようになるかもしれないから。

今回のことを通して、著名人のパワーを実感したし、自分の小ささも再確認した。でも、それが自分の歩みを止める理由にはならなかったことを知れたのは、とっても大きい収穫だった。

少しでも生きやすい世界にするために、今日も明日も少しずつ。小さな声もたくさん集まれば大きな声になれるんだ。

以前書いたHSPの記事も、ぜひ読んでいただけると嬉しいです!




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