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短編『何も気にならなくなる薬』その108

今日も今日とて電車に揺れる。
忙しいというのはありがたいことだ。
目的意識のあるいそがしさは何より人間の原動力になる。
ぼーっとしているよりは忙しいほうがいいに決まってる。
とはいえ、カフェでまったりした時間を過ごしたいのも本音。

さて、今回のお題。
「純真無垢」
「トントン・マクート」
「NHKの集金」「国際連合」「真人間」

トントン・マクート?
なんだか可愛らしい響きだが、もしかしたら人名かもしれない。
調べてみると秘密警察の名前ではないか。もしかしたら消されても可笑しくない。
更に調べてみると、これには元ネタがある。
ハイチの民間伝承に
「トントン・ノエル」
と呼ばれる存在がある。
12月になると子どもたちが待ち遠しくなる存在。
つまりサンタクロース。
じゃあ、その反対はというと、悪い子を麻袋に入れてさらってしまう。
「トントン・マクート」
マクートが麻袋の意味だそうだ。
じゃあトントンはというと、
「おじさん」という意味だそうだ。なんだか可愛らしいおじさんが浮かんでくる。

国際連合?
主たる活動目的は、国際平和と安全の維持(安全保障)、経済・社会・文化などに関する国際協力の実現。
2021年6月の加盟国は193か国

Wikipedia参照


純粋無垢な子どもたちの目というのは輝いている。
大人になるとこれはどんどん薄汚れていくものだが……
「さて、今回の議題だが、サンタクロースの存在は公表すべきか否か」
「え、いるんですか」
「なんだ、資料にちゃんと目を通しとけよ、国際連合へ上げる議題の一つとしてこの会議は大切なものになる」
「そんな大規模な話だったんですか」
「当たり前だろう。子どもたちがいつまでサンタクロースを信じるかによって、玩具メーカーである我が社の業績は大きく変動するんだぞ」
「多少はあるかもしれませんが、別に玩具を買うのは親であることに代わりはないですよ」
「君は真人間だな、確かにクリスマスという日があればサンタクロースの存在がなくても親がプレゼントを贈るかもしれない。けれどもだ、けれどもそれでは普段子どもたちが抵抗をしてまで玩具を強請る意味がなくなってしまう。その瞬間だけかもしれないが、確かにその玩具が欲しい。だから訴え出る。それでも玩具は買ってもらえない。そこにサンタの存在があればこそだ。一類の望みをサンタクロースに託す。
これが親から毎年与えられるものになってしまったらどうなる。親は普段から断る理由を失い、また子どもたちはサンタクロースという望みがなくなってしまう」
「先輩、クリスマスになにかありました」
「とにかく、我々の業績だけでなく、家庭の平和、つまりは世界平和に通ずるんだよ」
「なんだか話が飛躍しすぎな気がするけど、わかりました。ちなみに私は三年生くらいまでは信じてましたよ」
「そうか、いや実はだな、私の方でも資料を作っておいた。いつまでサンタクロースを信じていたかの統計だ」
「あー、意外と早いですね、三年生まで信じてた自分が恥ずかしい」
「昨今では子供同士の会話による伝播だけでなく、ユーチューバーによる大人の意見を聞く機会の増えた子供が多いためか、こうした気付きが早くなっている傾向がある」
「でも、国際連合がサンタクロースを肯定するには、あまりにも大きな嘘ではありませんか」
「世の中には必要な嘘がある」
「嘘でもそうした存在を作り上げるべきでは」
「なるほど、それもそうだな、上に掛け合ってみよう」

「後輩、明日はの予定は空けてあるな」
「えぇ、なんでも大事な仕事だって聞きましたから」
「では、この衣装を来て貰う」
「これってサンタの衣装ですよね」
「そうだ」
「なんです、その付け髭」
「まずは形からだ」
「それで、なにをするんです」
「この町内の子供たちにプレゼントを配る」
「いやいやいや、なに言ってるんですか、どこに子供が住んでいるかもわからないし、だいたいそういうのは親御さんがやるものでしょう」
「上の指示だ」
「上?」
「そうだ、国際連合からの指示で、サンタクロースの存在を示すためにはまず、各国でサンタクロースの担い手が必要だとして、衣装、そしてこの資料を受け取った。わたしたちは今晩限りのサンタクロースだ」
「そんなむちゃな、だってもう夜の九時ですよ。今からじゃとても間に合わない」
「大丈夫だ、そのためにトナカイも用意した」
「トナカイ?」
「みろ、これがトナカイだ」
「いや、ビッグスクーターにトナカイの頭をつけただけじゃないですか」
「さぁ、行くんだサンタクロース2号」
「誰が2号ですか、わかりましたよ、やればいいんですねやれば……しかし、すごい量だな、昨今は少子化だなんだって聞いてたけど、思ったよりいるな、これをよく資料にまとめたよ。はぁ、なんだかNHKの集金をやっていた時期を思い出すな。あのときに比べたら玩具メーカーは夢のある仕事だとおもったけど、まさかこんなことをするとはなぁ……あっ、電話だ」
「おい、後輩、首尾はどうだ」
「ぼちぼちです」
「こっちはもう少しで終わりそうだ。終わったら手伝うから電話でろよ」
「……なんであの人はあんなになりきれるんだろう。しかし、寒いな、よくもまぁこんな寒い中働けるよ。あぁ、交通整備をしていた頃を思い出すな。あの頃は特に目的もないまま働いてたな……あ、電話だ」
「今、公民館の近くだが、そっちはどうだ?」
「いま、市役所の近くです」
「数分でつく、少し待ってろ」
「あ、先輩」
「よし、じゃあ、この資料とプレゼントは俺が預かる。後でいつもの飲み屋に集合だ」
「あー、やっと終わった」
「おう、後輩、やっと来たか、ほら飲め飲め」
「お疲れ様です。乾杯!……それにしても先輩手際良すぎませんか」
「まぁ、憧れてたからな」
「サンタクロースに」
「そうだよ、子供の時の夢はサンタクロースになることだった。親にサンタクロースはいないと言われたときは辛かったな。優しくも残酷な嘘だよ」
「そうかもしれませんね」
「もう、娘はそんな歳じゃないが、私もその嘘つき側になってしまった。でも今日でそれも嘘ではなくなった。私はサンタクロースになれた」
「先輩憧れ強すぎでしょ」
「でも、後輩、お前も楽しかったろ」
「まぁ、最初は嫌でしたけど、親御さんに出会ってお礼を言われたのは素直に嬉しかったですね、普通に働いてたらお礼を言われることなんてごく僅かですから」
「明日には特大ニュースになってるだろうな」
「ご歓談のところすみません、警察ですが」
「え?」
「あ、いや、別にコスプレがどうのこうのってわけじゃないんですよ、あの表に停めてあるスクーター、お二人のですよね」
「ええ、ですけど今日は店の主人に預けて帰りますよ」
「それは結構ですけど、トナカイが居酒屋にいたとなると体裁が悪くありませんか」
「どうして」
「いや、家の子まだサンタクロース信じてるんですよ」
「まだ打ち明けてないと」
「いずれバレるとは思いますが、私からはとても打ち明けられませんよ。それでどうします。サンタクロースの補導もやってみたくはないですが」
「いやー、勘弁してください。今すぐ片付けますよ」
「いや、後輩、ここはあえて捕まろう」
「先輩、何言ってるんですか」
「一度捕まって、サンタクロースを捕まえたという武勇伝を語ってもらうのさ」
「いやいや、流石にサンタクロースを捕まえたら子供に幻滅されますよ」
「それもそうか、じゃあ、トナカイを片付けよう」
「ご協力有難うございます」
「いやー、サンタご苦労っす」
「何をくだらないことを、あれ?スクーターがない」
「トナカイもない」
「いや、確かに先程まであったはずですが」
「まさか盗難」
「いや、仕方がない、諦めよう」
「なんででです」
「私達が配り損ねた子供たちにくれてやろう」

美味しいご飯を食べます。