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短編『何も気にならなくなる薬』その138

この間は100を越えて喜んでいたのだが、こうして振り返ると大したことではないなと改めて思わせられる。
人生は長いのでチマチマ書き溜めていくことにする。書いていて何も気にしない。読んでいても気にしない。
そんな感じで。

「終電」

「意地っ張り」

「仲介業者」


この仲介業者は終電をやたらと気にする。
私が早く家を決めたい事情を話すとやたらと催促するようになってきた。
「ですから、次来るときにはこのお部屋があるとは限りませんので」
「はぁ、そうですか」
上京してきて部屋を早く見つけたい。その気持ちはある。
大学時代の友人の家に居候をさせてもらい、その合間に新居を探す。
そんな生活が一ヶ月を迎えようとしていた。
「いくらでも泊まれよ」
そういう彼の性格はわかっている。
目に見えた意地っ張り。
いや、見栄っ張りだろうか。
困っている私を放ってはおかないだろう。
かと言ってそれに甘えていられるほど私も図太い神経ではない。
お互いに見せたくないものがある。
それがあるからこそ人はそれぞれ住まいを見つけてそこに住む。
生活には敷居が必要だ。
そうでなければ広いデパートのなかで各々が寝巻きを敷いて生活をしていても何ら違和感を感じないだろう。
「お前、女とか作らないの」
「作れたら作ってる」
「それもそうか」
「どうする、そろそろ別のソフトでも買うか」
「いいよ、今あるやつで」
「だって飽きるだろ」
テレビゲームをする。
彼はベットで私は床にクッションを置いて互いにコントローラーを激しく操作している。
「今日もいいとこ見つからなかったけどさ、早いところ見つけるから」
「いいよ、別に、家賃も少し入れてもらってるし」
「とはいえだろ」
「いいよ、おれはお前の夢を応援してるから」
「後悔するなよ」
「売れたときにはエピソードトークで俺のこと言えよ」
「あぁ、必ずいうわ」
「その時にはおれも女作って、お前より幸せな家庭を築くことにするわ」
「なにそれ、目標?」
「まぁ、おれはお前みたいに夢を追うこと諦めちゃったから、人並みの幸せを目指してみる」
「いいね、そのためにも早く新居借りないとな」
今日も彼とテレビゲームをする。
本気を出せば勝てる相手なのだが、不思議と負ける。
居候の分際で勝っても何だか嬉しくはないのだ。
接戦をして負ける。
彼が心から勝利を喜んでいるかわからないが、今の自分にはこんなバカバカしい気遣いしかできない。
ケトルのお湯が湧いた。
「何飲む」
「じゃあコーヒー」
「新しいの買ったんだ」
「まぁね、とりあえず淹れてみてよ」
遠慮のせいもあって使いこなせない台所で、唯一できることがこれくらいだ。
「これ、良いコーヒーだな」
「そうだろ、奮発したからな。それにお前が淹れたほうが何だかうまいんだよね」
「おれを口説いてどうするんだよ」
「お前が引っ越したらコーヒー飲みに行くわ」
「あぁ、いつでも来いよ」

美味しいご飯を食べます。