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短編『何も気にならなくなる薬』その211

・深淵、お断り、成り上がり「成り上がりお断り」
お店の前に看板は事情を知らない人からすれば何のことだかわからないが、彼のことを知っていれば多少は理解ができるのかもしれない。
面白半分で入る人もいれば、少し考え込んでからお店に入るのを辞める人もいる。
彼は地獄の底にいた。
深淵といってもいい。
彼の人生には、栄光と衰退、そして裏切りがあった。
彼はこうして社会の一部として復帰を果たしたが、未だに成り上がりという人種を許せないでいる。
何も関係ない人までその看板を見て、店に足を運ぶことなく離れていく。
形ばかりの店が長く続くことはなく、その建物は気がつけばテナントになっていた。

・綱渡り、嘲笑う、流しそうめん

バカバカしい企画もあったものだ。
綱渡りをしながら流しそうめんを食べるなんて、それが何になるのだろうか。
食い気に誘われた参加者が、箸とつゆの入った茶碗を両手に綱渡りへと挑戦していく。
結果は想像の通りだ。
そもそも綱を渡れない人、
茶碗を落としてそれを追いかけて落ちる人、
そうめんをつかめた喜びで落ちる人までいた。
普通に食べたほうが良いではないか。
そんな真剣な彼らをあざ笑う意見も飛び交う中、主催者はたどり着いたそうめんを何の苦労もなく美味しそうに食べている。

・呼吸法、自分自身、規則

呼吸法というものがいっとき流行った。
暇さえあればそれを取り入れる人もいれば、何も気にせずに口を開けたまま生活している人もあった。
自分自身はどうだったか。
規則性を追うにはデータが足りないが、理想は鼻呼吸でありながらも結局息苦しくなって口呼吸をしているというのがオチだ。

・冷蔵庫

その昔、三種の神器と言われていたのは
洗濯機、冷蔵庫、白黒テレビだった。
それからしばらくして、
カラーテレビ、クーラー、車の3つ。
これらの頭文字をとって3Cともいうらしい。
それも今では古いだろう。
さらに新しくしたのであれば、
ドラム式洗濯機、
ロボット掃除機、
食洗機と言われているそうだ。
そろそろオーバースペックになり始めている気がするが、多分当時の人達もそう考えていたのだろう。
さらに便利なものが出てくるのは間違いない。
もし仮に、ランプの魔神が三種の神器をくれたら、私は使いこなせるだろうか。
そもそも我が家には冷蔵庫しかない。
食器も食べたらすぐに洗うし、テレビはそもそも見ない。
昔の人が見たら笑われかねない。
しかし、そうしたものがない中で生活をしてきた歴史がある。けして無理ではない。もちろん時間がかかるが、コツさえ掴めばどうとでもなる。
何もかもが便利になると、そうした生活の知恵のようなものは受け継がれずに、消えていってしまうのかもしれない。
世間がどうであれ、
自分にとっての生活を豊かにする三種の神器があるのならば、それで十分ではないか。
むしろ、
電気、水道、ガス。この3つが使えるだけで十分すぎやしないだろうか。

美味しいご飯を食べます。