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短編『何も気にならなくなる薬』その189

四月が終わる。ゴールデンウィークが近づいている。
このゴールデンウィークを遊んで暮らせるのはごく一部だろうし、その遊んで暮らす人達にサービスを提供する側もいる。
だからといって優劣があるわけではない。
期間的にみれば羨ましいかもしれないが、逆もまた然りだ。
色んな商売や生き方があって、人は時間をお金に変えて生活をする。

自分の商売は素晴らしい。こんなにいい働き方はない。
そう考えていても、舞台俳優や映画、小説などの文化的な作品を創る人に憧れるのは誰にだってある。ごくごく自然なことだ。
隣の芝生が青いからではなく、その作品やあり方に憧れるからに違いない。
「考えて形にする」
言葉だけだと簡単そうに見えるかもしれないが、その実、見えないところでどれだけの試行錯誤があるのだろうかと想像してしまう。
私はどうなのだろう?


「知名度」

「路線バス」

「親」

こんなところにバス停があったのか。スマホの画面は太陽の光で全く見えない。
自身の体で影を作り画面を凝視する。
わざわざ画面を見なくてもわかるのだが、画面上には何も無い。本当に何も無い。
見渡す限りの田畑。
スマホの地図は大まかな道とその田畑の広さ位しか伝えてくれない。
目印らしい目印はこの路線バスの停留所くらいだろう。
ネットニュースで「誰にも知られていない珍しいバス停」とでも話題になればいいが、本当に誰にも知られていないのだと思われる。
しかし親の言った「バス停で降りればわかる」という言葉の意味はなんとなくわかった。
民家らしい民家というのはそれしかない。
あそこが祖父の住んでいる場所。そしてこの一帯は祖父の土地なのだ。

田畑の景色には似つかわしい真っ赤なトラクターが見える。そしてこの景色にもっとも似合っているであろう軽トラックが誰のことも気にかけないように停められている。

防犯も何も無い開け放たれた家はある意味で開放的だった。
「おう、あのときの坊主か」
口調は強いが見た目は年相応に弱々しく、また今まで畑仕事をしてきた証拠が肌の色に出ている。
「もう坊主なんて歳でもない」
「久しぶりに会うんだからそれくらい言われても仕方ないだろう」
「それは悪かったよ」
「でもまぁこんな田舎じゃ滅多に顔を出せないのはわかっているけどな」
何もするなと言われ、ただ黙って座っている自分の前にお茶が出される。
「それで、この土地はどうなるんだ」
「やっぱり畑として継ぐ人はいないよ」
「そうだろうな、畑仕事がしたいと簡単に抜かす若者は、自分の小ささを知らない。庭先程度のことのように世の中を見ている。だれも身に余る土地を貰えても嬉しくないだろうな」
「でもじいちゃんはその大きな土地を守ってきた」
「そうかも知れないけどな、でもこうして誰にも継がれずに終わろうとしている。自分のことだけで手一杯で、後のことなんかこれっぽっちも考えてなかった」
「でも、この辺りくらいだよ。まともに畑として残っているのは。バスの中から見てきたけれど、ほとんどの土地がソーラーパネルだ。それだけでも意味がある」
「そう言ってもらえれば嬉しいがな。この辺に住んでいる奴らはみんな土地を捨てた。食べるために育てて、そしてそれをお金にしてきた。それなのに今ではもう食べれもしない電気を作っては売る。何もしないでお金を得ようだなんて考えに溺れて、最後には土地を奪われている」
「それで、どうするか決まった」
「そうだな」
祖父はじっと湯呑み手に、ただひたすらに沈黙を見つめていた。

美味しいご飯を食べます。